テルティーナ村小旅行編

その37 友達の前で母がはしゃぐと謎に辛い

「さあさあどうぞどうぞ! 入って入って! 立派なものなんて何もない家だけど、それなりのお持てなしはできるわよ! あっ、玄関の横にある螺旋状の穴は子供の頃にジェーンが魔法で空けちゃったものなのよ! もうこの子は大変なお転婆でね! まあ、そういうところが可愛かったんだけど……今はちょっとおとなしすぎるわよね?」


 招かれるままにジーナさんの住む家……つまりはジェーンの実家に入った私たちを待ち受けていたのは、ジーナさんのマシンガントークだった。

 すごい熱気を感じる!

 ヘンリーは私とジーナさんには似ている部分があると話していたけれど、それはこう言った部分なのかもしれない。

 私と違ってナチュラルで明るい根明なんだろうけれど。


「も、もうお母さんはお台所でも行ってて!」


 ジェーンは怒ったように頬を膨らませて、ジーナさんをグイグイと台所へ押し込んでしまう。


 友達を前にして張り切る母親の姿を恥ずかしく思う気持ちは分かる……と言いたいところだけど、私は家に人を招いたことがないので、残念ながら分からない!

 そもそも、私の母は前世でも今世でもはしゃぐ人じゃないのだけど。


「あの、どうぞ椅子に腰掛けてください……硬いですが。あと、その、実は友達が来るなんて初めてのことなので、母もはしゃいでるみたいで……」


 あっ、やっぱりそうなんだ!

 ぼっち仲間としては家に友達来ないというのは一応共通点だったらしい。

 今日、その共通点が崩れたということで、大変めでたい!

 私も見習いたいところだけど、うちの実家はなぁ……。


「歓迎される分には何も問題はないだろう」

「そうですね! むしろありがたすぎるくらいです! 感謝感謝の春の感謝祭です!」


 この旅行の目的は完全に私個人の事情であり、それにジェーンを巻き込んでいる形なのだから、本来、寝る場所も困るはずだった。

 それを衣食住用意して歓迎して貰えるのだから、深い慈愛を感じてならない。

 母親キャラの鑑のような暖かさはさすがヒロインのママ!

 ヒロインのママ大好き委員会会長の私としては言葉を尽くしてその素晴らしさを褒め称えたいのだけど、私の語彙力ではパワーが足りない!


 そんな時、短歌が脳内に舞い降りた。

 ここで一句。


「たらちねのヒロインの母に迎えられ、我、雪解けの朝日を思う」(訳・ヒロインのお母さんはマジ最高なので家に迎え入れられると、柔らかに雪を溶かす太陽のような、冬の日の朝の暖かさが思い起こされて、私の心も萌えで燃えて溶けるの意)


 うーん……五点!


「それ、ポエムですか?」

「あー!? 口に出てた!? いや、これは、そ、その、ポエムといえばポエムなんだけど、それ未満の駄作なので忘れて!」

「は、はい……」

「やはりラウラには詩人の才能があるな」

「ないですからお兄様!」


 やたら私の言語センスを褒めてくれるお兄様だけど、恥ずかしいので本当にやめてください! 私が死んでしまいます!


 くっ、たらちねという母に使う枕詞が好きすぎて勝手に脳内で短歌が創作されてしまった。

 全てはたらちねという言葉の素敵な響きが悪い!





 その後も賑やかにやっていると、ジーナさんが大きなトレーを持ってやってくる。

 その姿もまさに母といった風情があって、私は心中で拝み倒した。


「あら、賑やかにやっているわね。はいどうぞー、ジーナママお手製の焼き菓子よ!」

「あっ、ありがとうございますジーナさん! すっごい美味しそうです!」

「事実、美味しいのよ! さあ、食べて食べて」

「はい!」


 ふっくらと膨らんだその焼き菓子は、今まで私が見たお菓子の中でもシンプルな見た目をしている。

 だからこそ、その焼き目や匂いが食欲を強烈に誘った。

 たまらず頬張ると、口の中に香ばしさと甘さと酸っぱさが同時にやってきて、やがて脳は幸福に侵食されていった。

 甘味はもはや脳味噌への侵略者!

 我々弱者には逃れる術などない!


「美味しすぎます! 口の中が一瞬にして美味に支配されました! まるで甘味の王様です! 私のような庶民はこの甘酸っぱさに屈服するしかないんですよね……いくらでも屈服するので、あの、もう一ついいですか!」

「あらー! 嬉しいことをどんどん言ってくれるわね! お礼にどんどん食べていいわよ! 帰りまでに体重を五キロは増加させるつもりだから!」

「ご、五キロ!?」

 

 それは乙女として勘弁してもらいたいような、でも、それだけ食べられると思うと嬉しいような……複雑な乙女心!


「お母さんは人を太らせるのが趣味なんです……」


 と、とんでもない趣味をお持ちで!?

 乙女の敵ともいうべきその趣向は本来歯向かうべきなのかもしれないけれど、しかし美味しすぎてその反抗する意思が湧いてこない!

 完全に食の奴隷に私は成り下がっていた。


「ほらお兄ちゃんも食べて食べて! 一見細く見えるけど、なかなかたくましい体しているわね! つまりいくらでも食べられるってことよね?」

「はい、いくらでもお食べられます」


 お兄様はジーナさんに勧められるがままに、無表情で焼き菓子をスイスイと口にしていく。

 そういえばお兄様はその長身にふさわしく、それなりに食える人だった。

 しかも、この場における礼儀とは家主の勧める食事を全て食べるというものだから、お兄様は全力で食べ切ろうとするだろう……!


 このままではお兄様のお腹は……裂ける!

 ビリっといく!

 お兄様だけに嬉し苦しい思いをさせるわけにはいかない! 私もどんどんバクバク食べなければ!

 乙女心は一旦休業だ!


 心配するジェーンをよそに、我らメーリアン兄妹は次々出てくるお菓子を食べ続けた。

 しかし、当たり前の話だけど体格で劣る私がお兄様に食事量で勝てるはずもなく、会えなく撃沈。

 丸っこくなった私は机に突っ伏した。


「た、食べたいのにもう食べられません……」

「ラウラちゃんは小さな体でよく食べた方よ! 私、感動したわ!」

「いや、そんなに食べさせちゃ駄目だからお母さん! もー!」


 もう何度目かの怒りを見せるジェーンの横で、お兄様は今もなおスイスイと食べ進めていた。

 お兄様は胃袋がブラックホールに繋がってらっしゃる?

 イベント・ホライズン・テレスコープな感じで撮影に挑まないと……。


「それで、私に聞きたいことがあるのよね? さっき神様が言ってたわ」


 たらふく食わせたことで満足したのか、ジーナさんは機嫌良く私たちの本題に触れてくる。

 相手から話してくれるなんてありがたい話だ。


「そういえばナタ学院長はどこに……?」

「あの人なら、今は空を飛んで村を見下ろしているところね。色々思うところあるんでしょう」


 もういなくなることが平常運転なナナっさんだけど、今は村を一望しているらしい。

 久しぶりに帰ってきた故郷なのだから、いくら見ても見飽きるということはなさそうだ。

 こちらはこちらで話を進めておかないと。


「まずは学院長について聞くべきかな……お母さん、子供の頃に仲良かったんだよね?」

「ええ、同世代の子供がいないものだから、よく遊びに駆り出してたわ」

「それで……その、告白したんだよね?」

「あら? 母親の恋愛エピソードが気になる年頃?」

「あらゆる恋愛話の中でも、私、両親のだけは知りたくないかも」


 キッと厳しい目では母の言葉を否定するジェーン。

 ジェーンはどうやら親の惚気話苦手派のようだった。

 私はそこまでではないけれど、確かに聞いていると、無性に肌が痒くなるというか、モゾモゾしてしまうところはある。

 あれなぜなのだろう。

 

「したわね。でもフラれたのよねぇ……それで、結構後にお父さんに会って付き合い始めたんだけど……それがどうしたの?」

「そのあたりが『真実の魔法』解除の鍵になっているかもしれないの。何か心当たりなに?」

「ないわね!」

「お母さんもっと真剣に考えて!」

 

 きっぱりと言い放つジーナさんの姿にジェーンは御立腹だった。

 今日は頬を膨らませるジェーンをよく見ることができて、私は大変ご満悦である。

 ジャンガリアンハムスターみたいでかわいい!

 ロボロフスキーの方かも?


「あの頃のこと、ほとんど覚えてないのよね……ほら、私って今を必死に生きているから、過去は振り返らないの」

「ただ忘れっぽいだけでしょ!」

「でも、確かあの頃に書いた日記はあるはずだわ」

「日記ですか……それがあれば大きな情報になりそうですが」

「そうよね! うん、そうだとは思うのよ! そうだとは思うのだけど……ご、ごめんなさいね?」


 日記という重要アイテムを前にして、お兄様が少し身を乗り出すが、ジーナさんは逆に引き気味で、俯き、歯切れの悪いことを言う。

 ……ごめんなさいとは?

 不穏な空気を感じていると、ジーナさんは無言で立ち上がりこう言った。


「ちょっと付いてきてもらえる?」

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