その15 do say


 紳士オブ紳士アンド紳士なヘンリーは帰り際まで常に紳士であり、まだ明るいと言うのに寮への付き添いまでしてくれた。

 こういうことを自然に、そして嫌味なく出来るのは本人の資質としか言いようがない。


 私がやったらきっとすっごい怪しいよ!

 ほとんど不審者になる!


「あの……ラウラ様に提案があるのですが……」


 寮の前まで着いてすぐにジェーンはもじもじと体を縮こませながら、なにやら恥ずかしそうにする。

 もはや撫でて欲しがっているとしか思えない動きに、私は理性をフル稼働させて、両手を強く強く握り耐える!


 撫で欲はゴリラメンタルで我慢する! 

 ゴリラメンタルとは自分をゴリラだと思いこむことで己の剛腕を恐れ撫で撫でを我慢し、同時にゴリラの偉大な優しさをこの身に下ろす私の秘技だ。

 南極でペンギンを前にした時などに役立つはず!

 

「わ、私たち同じ部屋に住んだ方が良いのではないでしょうか?」


 今、なんと……?

 自分の耳を疑ってしまうその発言に、私はオナジヘヤニス・ンダホ・ガイー(1012〜1101)という謎の偉人を頭に思い浮かべる。

 どの国の偉人だろうか……。


 いやいや! アホな私じゃないんだから、ジェーンがそんなことを急に言い出すわけないでしょ!

 正解はこっちだ!


「えっと、うなじヘアーにした方が良いって言ったかな!?」

「なんでジェーンが急にうなじを目立たせる提案をするんですか。同じ部屋に住もうと言っているんですよ」


 ヘンリーが冷静に軌道修正して私にパスしてくれた。

 ありがとうヘンリー! でもまだそのパスを受け取るには私、まだキャッチ力ないかも!


 お、おおおお、同じ部屋に!?

 ジェーンが!?


 あまりにも非現実的な提案に、思わず現実的な提案の方へと脳みそが勝手に修正してしまっていた。

 うなじヘアーが現実的????

 

「軽減のために一緒に住むのは効果的だと思いますよ。僕は男なので提案はできませんでしたが、ジェーンは同性ですしね」

「ど、同性だけに同棲OKということ!?」

「ええ、別に嫌ではありませんよね?」


 ヘンリーは笑顔で私の渾身のファザージョークをスルーしつつ、強く同棲を進めてくる。

 そ、そう言われると全然、全く、これっぽっちも、欠片として嫌ではないけれど、どうにも気恥ずかしい。

 

 で、でもこれを断るとジェーンが悲しみそうだし、そもそも本音として断りたくないかも……。

 生前、私は推しの身長の高さにピンを置いて自分との身長比を実感し、興奮していたほどの痛いオタクなので、部屋に推しがいるのは夢ではある。


 し、しかし、そんな70億人の夢を私なんかが叶えて良いのかという葛藤!

 人間には幸せすぎるとそれを拒もうとしてしまう働きがある。

 しっぺ返しが来そうで怖いからだ!

 明日、隕石に当たって死にそう!


「あの、ラウラ様、使用人室でも良いのでお願いします!」

 

 ガバッと頭を下げるジェーン。

 彼女のいう使用人室とは自室に設けられた小さな部屋のことだ。

 貴族中心の学院においては日々の生活にメイドやら執事やらが付くことが多い。


 ゲームでも活用されることのある部屋で、これは最後の攻略キャラの一人に関係あるのだけれど……その話はまた今度にしよう。

 

 ちなみに私にはそんなメイドは付いていない。

 メーリアン家はとにかく放任主義でわざわざメイドを付けようとう考えがないのだ。

 い、いてもらっても以前までの私なら会話一つできないので気まずいだけだっただろうけれど。


「ううん! ジェーンは私にとって超絶大事な人なんだから、そんな自分を卑下するように言わないで! 使用人さんは立派な仕事だけど、ジェーンはと、ととと、とも、友達でしょ?」

 

 緊張してトートー言い過ぎてもうキジバトの鳴き声みたいになってしまっている。

 それもそのはずで私には友達なんて今までいたことがない。

 ほとんど会話をしない女と友達になろうなんて人いないから当然なのだけど。


 私にとって誰かを友達扱いすることは清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、断られた時を思うと死ねる!

 けれど、ジェーンは絶対にそんなことは言わない。

 よく知っているからこそ、推しだからこそ、臆病な私でも初めて、友達だと言えた。

 私は推し無しでは大抵のことができないようだった。


「あっ、ありがとうございますラウラ様! それでは私物を取ってくるので待っていてください!」


 天使にような微笑みを見せつつ、ジェーンは颯爽と寮の中へと消えていった、


 そ、そうだった!

 本題はそれだった!

 ジェーンがあまりにもいじらしいことを言うので、ついつい友達宣言なんて大胆なことをしてしまったけれど、その結果、完全に同じ部屋に住むことになってしまった!


 る、ルームシェアかぁ。

 生前は憧れてたなぁ……。

 しゃべれたらという前提で、だけれど……

 今もきちんとしゃべれているとは言い難いけど大丈夫かな。


「……実は少し驚いているんです」

「えっ、な、何をですか?」


 ヘンリーは珍しく真顔で私の顔をじっと見ていた。

 その碧色の瞳は透き通るように光を吸い込んで、私の心も吸い込んでいく。

 彼の両目はどんな宝石よりも美しく、そして冷たい。


「僕が初めてジェーンと会った時、彼女は暗く、そして積極的ではない子でした。それは自分がみんなとは、貴族とは違うという考えからだったでしょう。それが今はあんなにも明るく、そして積極的です」

「ちょ、ちょっとびっくりするくらいですよね」

「余程嬉しかったのでしょうね。貴女がローザを庇ったことと、そして、娘のように思っていると言われたことが」

「前者はともなく後者は気持ち悪い発言では!?」


 それで好感度が上がるのは私がかなりのおばちゃんになってからではないだろうか。

 少なくとも小娘にこんなこと言われて嬉しい人はいないはずだ。


「会ったことはありませんが、ジェーンのお母様と貴女は似ているところがあると思います」

「ええっ!? に、似てますか!?」


 私はジェーンのお母様をゲームで知っているけれど、快活な性格でとてもじゃないけれど、私と似ているとは思えない。

 それに美人さんだし……。


 いや、今の私は快活と言えるのかな……?

 そしてジェーンのお母様は素直でもある。

 『真実の魔法』というブーストを含めて見れば、似てなくもないのかも。


「あくまで僕がジェーンから聞いた印象での話ですけどね。それに、やはり孤独だったのでしょう。僕も含めてジェーンを気にかける者は多かったですが、なかなか一年ではその心を開くまでには行きませんでしたし」


 その言葉を聞いて私は気付いた。

 そう、一年目というその事情に。


 そうか! ゲーム的には、一年目は絶対に好感度が足りないんだ!

 それはてっきり攻略キャラからジェーンへの好感度だと思っていたけれど、ジェーンから攻略キャラへの好感度も一年目では同じく高くはならないのか!

 

 誰とも深く親しくはなれていない、それが一年目の主人公、ジェーン。

 それは今まで思いつかない発想だった。

 ローザが親友と呼べるようになるのも、ラウラ断罪イベントからで、それはもう失敗してしまっているし。


 そうか、ジェーンはまだ孤独だったんだ……。

 これから先は薔薇色でも、今はまだ灰色な青春なのかもしれない。


「それを貴女がガンガン好き好き攻撃したことで、強引に心を開けてしまったんですよ。やれやれ、僕の一年の苦労も情けない限りですね」

 

 ヘンリーは自嘲するように笑ってみせる。

 その姿は哀愁があってとても絵になるけれど、私としてはまだまだ頑張って欲しい!

 二年目になったら好感度もぐっと上がるはずだから!

 ゴールは三年目! まだ折り返し地点でもないんだよ!


「あの! 私、ヘンリーとジェーンのこと応援してますから!」

「はい? いえ、そういうのではありませんよ」

「違うんですか!?」


 冷静に考えればそれはその通りで、ヘンリーの好感度も一年目なのでまだ友達くらいに止まっているのだ。


 さ、先走ってしまった!

 あまりにもヘンジェルートを見たすぎるばかりに!

 で、でも他のルートも全部みたいし……どうすれば!


「……今、僕が一番気になっているのは、恐らく貴女ということになるでしょう」

「ふぇっ? あの、どなたですか?」

「ですから、貴女ですよ。ラウラ」

「……………………?」


 ……………………。

 

 常に騒がしい私の思考に静寂が訪れる。

 ついにこの時、私は無の思考を体得したのだ……。


 もう言葉も心も見つからなくて私は完全停止してしまう。

 ヘンリーはそんな私を見て愉快そうに笑った。

 

「はははっ、僕は愛とか恋とかよく分からないんですが……貴女は面白いですからね、そばに置いておくと退屈しなさそうです」

「あっ! そ、そういう感じですか! ですよね! よ、よかったぁ〜」


 ペットだったー!

 もしくはおもちゃー!

 人間扱いされていないので本来怒るべきかもしれないけれど、推しなので良し!


 それに、そう、ヘンリーはジェーンと恋をするまで、全くそういった感情を持たないのだった。

 だからこそ初恋を自覚するヘンリーが尊いわけで……。

 や、やっぱり応援していかないと!

 私はオタク心を昂らせ強く誓った。


「でも、卒業までにいい相手が見つからなければ、その時は許嫁よりもラウラにしましょうかね」

 

 いつも通りのからかうような言葉と共に私の手をそっと取ると、ヘンリーはいつもとは少し違う茶目っ気のある悪い笑顔を私に見せた。


 それはいつだったかゲームで見た光景だった。

 そ、それは……ジェーンに言うべき台詞ー!

 


 

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