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繭型生命維持装置というのは、簡単に言えば、夢を見るための棺桶だ。内部に寝転がる人間の脳に無線で接続し、人の脳と外部サーバを直結する。最初期のテスト用モデルはともかく、普及バージョンのモデルでは電極は差さないが、商品説明のパンフレットに描かれた挿絵で脳に電極を刺したイメージ図が流用されていたため、慣用句的にその言葉が使われる場合もある。
ぶぉん、と
「お帰りなさーい、ソアラぁ!」
そこへ、すぐさま呼び声と共に跳ね寄ってくる人影。白い毛皮、白いチョッキ、白く長い耳。眼だけが赤い、2足で跳ねる物言うウサギが、キュウリを
ぴょこぴょこ跳ねて移動するのに、ウサギが笊から何かをこぼした姿を、ソアラは一度も見たことがない。
「何度も言うけど」
ソアラは近寄るウサギを片手で制する。
「おかえり、じゃない。ここは私の家じゃないし、ここに来るのは仕事だから」
「そうだった! それじゃ、おはようソアラ!」
「はい、おはよう」
夢を見に来て「おはよう」も無いとは思うが、「おかえり」よりはマシだと、ソアラは同じ挨拶を返した。
「それで、どうしてキュウリ?」
ウサギならニンジンでもいいのに、と軽く首を傾げる。
「どうしてって、ソアラの夢でしょ?」
ウサギは鼻をひくひく震わせ、こちらも首を傾げて応じた。
確かにそうだ、と普段より鈍い思考でソアラは同意した。しいて言えば、運動で汗を掻いたからだろうか。
「そんなことより、ソアラ! 見てよこのキュウリ、瑞々しくってさぁ!」
ウサギは笊に山盛りのキュウリから1本、物を掴む機能なんてなさそうな前足で拾い上げ、ソアラの目前に突き出した。
妖怪カッパでもイギリス貴族でもないソアラにとって、新鮮なキュウリは格別魅力的な野菜ではない。だからまだ、訝しげな視線でウサギを睨む程度の余裕はある。
「どうせこのキュウリも
「へ? そりゃそうだよ! それがソアラのお仕事だもん!」
きょとんとした顔でキュウリを突き出し、振り回し、飛び跳ねるウサギと、苦々しげにそれを見つめるソアラ。
1人と1羽はしばらくそんなことを続けた後、ソアラは大きく溜息を吐いて、ウサギのキュウリを受け取った。
頭が揺れる。視界が虹色に輝く。
あらゆる美食、あらゆる娯楽、あらゆる快楽が直接脳に流し込まれたような感覚。
嬉しそうなウサギも金に、紅に、空色に、そして虹色に輝き、宝石のように燦めくキュウリと溶け合い、混ざり合う。
脳を溶かすような甘い声でウサギが何かを囁く。脳が融け出たような声でソアラは何事か言い返したが、自分でも自分が何を言ったのかは解らなかった。
それからすぐ、いつも通りに、ソアラは塗り潰された。
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