誰かの理不尽、あの子のポイント

久賀広一

「おっ? あいつ、すごい騒音あげちゃったね~。車のドアを、5軒も向こうまで響くように、ダーンと閉めたね。はい、ここは『閑静な住宅街』だから、うるさすぎで地獄ポイント3追加ね~」


「……ねえ、ルミナス。あの子すごいよ。自転車に乗ってる女の子……見通しのいい、信号のない交差点で、車がストレスなく通れるように、ずいぶん前からぶつかるタイミングをずらしていった」

「……そう? 車の方は、そんなこと知りもしない、無神経なアクセルの踏み方してるね。んじゃ、女の子に天国ポイント2追加ね」


そこは福井県、仁山にやま町の鉄塔の上である。

天使と悪魔の二人が、そこに座って何やらブツブツと会話を交わしていた。

ルミナス天使ネビュロス悪魔

その白と黒の、小型の人形のような二人?は、この町の人間の「運」「不運」を左右する仕事にいている。


よく人間は、『天使』と『悪魔』は仲が悪い、というような逸話を語ることがあるが、そんなことはない。


世界宇宙にはちゃんと棲み分け、というものがあって、それを理解しない者が、何でもかんでも争わせたがるだけなのだ。


「……今日の仕事は終わりかな。そろそろ引き上げて、”神の泉” で汗でも流そうよ、ネビュロス」

「またルミナスはあ……。そう言いながら、風呂あがりにビールをパキッとやるんでしょ? そういう娯楽は悪魔の役割だから、あんまり天使が持ち掛けないほうがいいよ……」


いつものように、ひま潰しのムダ口をくり出している二人だった。

ーーそもそも、『夜の部』のシフトにあたる天使、悪魔がやって来なくては、彼らはこの鉄塔からは動けないのだ。


「!」

その時、悪魔のネビュロスが、何かを発見したようだった。

黒くほそい、人形めいた腕をかざして、眼下に広がる地方都市を見ている。


それにつられて目をやったルミナスも、白くふくよかな型の顔を、ハッとこわばらせていた。


「・・・あれは!」

「そう、仁山にやま町立、仁山高校2年、香月こうづき 愛子ちゃんだ! 校舎の屋上から、飛び下りようとしてる!!」

「なんで? 彼女はピュアで、ものすごく良いコだろう?」


天使ルミナスの言葉に、いったい何を言ってるんだと、悪魔は呆れたように横顔を見つめた。

やがて、

「ずっとチェックしてなかったの、彼女を? ここのところ、態度が良心的すぎる彼女は、性悪しょうわる女子軍団にすごく嫌われて、イジメを受けてたんだ」

「それがすでに、極まったレベルまでいっちまったってことか……」


不覚に肩を落とすルミナスは、すでに天使としての仕事を果たそうとしていた。

どうにか彼女を救わねば、と相方に提案を持ちかける。

「……愛子ちゃんはたしか、障害を持ったお祖母ちゃんのために、言語療法士を目指してたろう? 彼女はきっと、まわりの精神がとがった十代さえ過ぎれば、とても多くの人に好かれ、癒しを与える女性になるはずなんだ!」


「そうだよ、ルミナス。小さなことにこだわっていられない。彼女の”天国ポイント”を使おう。相当貯まってるハズだから!!」

「……どれどれ……」

そこで、香月愛子に与えられたポイントを見て、天使はひっくり返りそうになった。


「げえっ! 8205ポイント!! すでに人間一人なら、幸福な将来が確約されているレベルだ!」

「何でそんな子が、自分を否定して自殺しなきゃならないんだ!!」

あわてた二人は、ひゅいっと腕を合わせてふり下ろした。

『ポイント行使! 天使と悪魔がここに命ずる。彼女にこの世の天国を与えたまえ!!』


ピッカアアア ーー!


雲におおわれていた空が、一瞬まばゆく光ったと思うと、その輝きは遠く、香月愛子のいる校舎へと吸い込まれていった。

……しばらく経つと、まるで時間が止まっていたような町に、ふたたび鮮やかな色と音がよみがえってゆく。


キャハハハッ。

もうっ、待ってよー……。


町を走る車、せまい公園で遊ぶ小学生たち。

そこにーー


ガチャリ……

「!!」

学校の屋上の扉が開き、一人の男子高生が現れていた。

彼は、身長よりやや低い手すりにもたれていた女子に気づき、声をかける。


「ああ、あいつが出てきたなら、もう大丈夫だな」

「誰……? あの男子は誰なの?」

天使ルミナスのつぶやきに、悪魔は問いかけていた。

たとえどんな救世主だろうと、そんな簡単に、自殺を考えていた女子を止められるものだろうか……。


しかし、ルミナスは”やはり天国ポイントはすごい”と感心でもしているかのように、説明を始めていた。

「あの男子は、”沖田 マコト”……仁山高1年。校内トップクラスの人気で、特にお姉さんJKを相手にすれば、まず敵無しのじゃれつき仔犬系 男子だ」

「そうか……!」

悪魔ネビュロスは、悟ったように頷いていた。

相手が歳下……しかも可愛い男子とくれば、母性から配慮が働くのは当然。

それによって、少しでも関係を持ってしまえば”自殺”などで相手の心に傷を残すかもしれない行動はとれない……!


さすがは神の計らい、と二人はこっくりと首を動かしていた。

だが、この”人外じんがい”の力を持った者たちすら、予期していなかった奇跡は、そこからだったのだ。


「え……何? まさかーーこれは!?」

「……?」

どうしたの、と再度ネビュロスが天使に問いかけようとしたが、彼はほとんど話を聞いていなかった。

まくし立てるように、ルミナスは続ける。


「ちっ! 男子の”沖田”が、もう気づいちまったーー!! 愛子ちゃんは、際立った容姿じゃないけど、髪をまとめれば幼いころ沖田が初恋に落ちた、従姉弟いとこ早百合さゆりちゃんそっくりなんだよ!!」

「そりゃまずい!」

ネビュロスが叫ぶ。


「校内屈指のイケメンに恋されたら、女子たちからのイジメが、もっと酷くなるよ!」

どうしよう、どうしよう、と悪魔は取り乱していた。

「心配するな、ネビュロス」

だが、そんな相方を安心させるように、天使は笑っている。

彼が驚いた奇跡は、そんなことでは揺らがなかったのだ。


「あの仔犬系 男子ーー沖田はな、自分の好きな女子がイジメられていると知ったら、死ぬほど多い友人たちに、SNSで『俺の大切な人が、2年の◯◯さん達に虐められてまーす』と宣言するようなヤツなんだよ」

「けっこうあざといなそれ!」

悪魔ネビュロスは、やや引き気味に構えている。

じゃれつき仔犬系というより、目をギラつかせたパピヨン犬じゃないか。


「ふっ。そこはまあいいだろう。ほら、予定よりちょっと早い、幸福の幕開けだ……小さな恋が始まったぞ」

天使に言われて視線を戻せば、どこか憔悴していたような女子高生、愛子にささやかな微笑みが戻っていた。

どうやら、沖田が何か軽口をたたいて、笑わせたのだろう。


はあ……。一日の終わりに、良い仕事したなーー


そうお互いに声をかけあった二人は、ホッと息をついて、空を見上げたのだった。

「……」

しかし、たった50ポイント使っただけでこれほどの幸せが訪れるとは……愛子の真性のピュアさ、天国P残り8000は、恐ろしいほどであった。

「……」

「……あっ、もうこんな時間か。そろそろ『夜の部』のリュカとザカが来るね」

そんな言葉が出た瞬間である。

その日最後の審判が、世界に下ろうとしていた。


ヴィーーウン!ヴィーーウン!


ザワッ。ザワザワッ。


「な、何事だあっ!!」

その時、”仁山町”にいる二人だけではなく、そこら一帯に広がっていたはずの天使と悪魔が、みな取り乱していた。

理解している者といない者、慣れている者といない者、全員が固唾かたずを飲んで、不吉な色に光った空を眺める。

そこに、”神”の側近からのお告げが届いた。


「えー、たった今……えっ? もうGODアラート鳴ったの? S国ミサイル撃っちゃった? ……ゴホン。えー、先ほど、かの国から反政府軍に向かって、4発、地対地ミサイルが発射されました。……ん? 原因はそもそも、反政府軍の民間人虐殺? その前に、政府軍が毒ガス? ーー もういいよ情報はーー ”神”はこれに、いたくご立腹されました。よって、第二次宇宙恐慌レーマン・ショックを発動いたします。……明日からしばらくの間、一日1000ポイント使えた天国ポイントを500に縮小、さらに、S国の一般市民は世界の政府機関に助けを求めていたということで、見殺しにした連帯責任で地獄ポイントは2000まで引き上げます。各人、心して職務にあたるように!」


そう締めくくられた天からのお告げは、唐突に終わりを告げた。

まだどこかザワついた高空にふわりと浮かびながら、ルミナスとネビュロスは力を落としている。

「ああ、またどこかの国は……人間はやっちゃったのかあ……」

「言うなってネビュロス。もう慣れっこだろ? 結局いくらお偉くなっても、人間関係をうまくやれないならどんな指導者だって同じなんだから」


夜の部のシフトが向こうの山に見えて、二人はゆらゆらと手をふっていた。


ーー小さな幸福、巨大な欲望ーー天使と悪魔はいつだって、人間の味方だ。

けれど、どんな物事だって、悪いものを本当に良くするには、少しのことを積み重ねていくしかない。

ルミナスとネビュロスは、とりあえず今日は風呂に入って、少女の始まった恋を祝いながら、ビールで乾杯することに決めたのだったーー





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