第74話
テオドールが部屋に戻ると、ヴィオラの姿はなかった。
「ヴィオラ……?」
一体何処へ行ったのだろうか。テオドールは一気に不安になり、急いで部屋を飛び出した。
テオドール様は、何処へ行ってしまったのだろうか……。ヴィオラは、テオドールが部屋を出て行ってしまった後、直ぐに後を追いかけた。だが流石にまだこの足では、走る事は出来ない。故に廊下に出た時には、既にテオドールの姿は見当たらなかった。ヴィオラは、仕方がなく思いたありそうな場所を見て回っている。
「此処にもいない」
先ず初めに、稽古場へ向かった。朝の鍛錬が終わってもまだ数人の者達の姿はあったが、テオドールの姿は、見当たらない。
次に、書庫に向かった。以前何度かテオドールに連れられて来た事がある。ヴィオラには、書庫の大きさの基準は分からないが、リュシドールの城の書庫の何倍もある故、かなり此処が大きい事は理解出来る。
何度来ても、入る度に圧倒される。足を踏み入れると、先ず広く大きく円を描いた空間がある。それを囲む様に下から何処までも続いていそうな程、高い天井の付近まで書物は置かれていた。
「おや、これはテオドール様のお客人のお嬢さん」
ヴィオラは暫く書庫の中を見て回っていた時、不意に白髪頭の少し背の丸まった老人の男が、話し掛けてきた。
「ブロル様」
「お嬢さん、私などに敬称は不要でございます。私は、ただの書庫の管理者故、その様に扱って下さい」
ブロルの言葉に、ヴィオラは戸惑いながら苦笑をした。
「おや、本日はテオドール様はご一緒ではないのでしょうか」
「あ、はい……」
ブロルの物言いからして、どうやらテオドールはここには来ていない様だ。ヴィオラは、困った様に眉を寄せる。
残りは、中庭くらいか。もし、中庭に居なければ、大人しく部屋に戻る他ない。
この城に来てからテオドールから、案内を受けた場所は稽古場、書庫、中庭のみだ。それ以外の場所には行った事もなければ、テオドールからも「僕が案内した場所には、自由に出歩いてもいいけど、これ以外の場所に、勝手に行くのは許可できない」と言われている。
「何か、お困りでしょうか」
ブロルは、優しい声色でそう言った。
「……実は、テオドール様を探しておりまして」
ヴィオラは、掻い摘んでブロルに説明をする。流石に押し倒されたなどとは言えないので、軽く仲違いをしてしまいテオドールが何処かへ行ってしまったと、告げた。
「なるほど、それはまた大変でしたね。分かりました、私にお任せ下さい。フラン、フラン」
ブロルはそう言って、誰かの名を呼んだ。すると、上の方にある本棚の影から、如何にも面倒くさそうに顔を出した少年がいた。
「何ですか……2回も呼ばなくとも、聞こえています!」
少年は、ちょこちょこと梯子を降りると、ちょこちょこと歩いて来た。
これは、可愛い……ヴィオラは、きゅんとなる。
「おじい様、なんですか?というより、この方は……」
フランはまじまじと、ヴィオラをつま先なら頭の天辺まで見遣ると「まさか」と声を上げた。
「そうだ。テオドール様のお客人だ。テオドール様を探していらっしゃるそうでな。ちょいと探して来てくれないか」
「……いや、ですよ。なんで、僕が。暫くあの方とは、顔を合わせたくないので、お断り致します」
冗談じゃないと、フランは思う。異国の街中に、任務と称し置き去りにされた。あれから暫くは、本当に任務だと思いテオドールが戻って来るのを待っていたが……何日経っても戻って来なかった。おかしい、そう思った矢先、街中である噂をしている声が聞こえて来た。
この間の舞踏会に、クラウゼヴィッツ国の王子が来たらしい。
へぇ、わざわざ、こんな国まで足を御運びになるなんて。
しかも、王太子殿下の婚約者を略奪したとか。
なんだ、それは。王族様やお貴族様達は、暇で羨ましい事だ。
だな。俺たちなんぞ、そんな暇ないわ。働いて、女房や子共を養うだけで手一杯だしな。
そんな話し声と共に、ガバガバと品のない笑い声が聞こえた。まあ、それはどうでもいいのだが。
ここに来てようやく、テオドールに置き去りにされたとフランは気付いた。それから急いで国に戻って来たのが、数日前だ。それからは、まだテオドールとは顔を合わせていない。
「あの私は、ヴィオラと申します。宜しくお願いします」
ヴィオラの声に我に返ると、フランを見ながらニコニコと笑みを浮かべるヴィオラと目が合った。
「……フランです。この書庫の管理者のブロルの補佐で、孫でもあります」
フランは、ヴィオラと暫し会話を交わした。そして、数分後には……。
「お任せ下さい!ヴィオラ様。僕が直ぐにでも、テオドール様をこちらへ連れて参ります!」
フランは足早に、書庫から出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます