第57話

「やはり、誰もいないか……」


テオドールは、モルガン侯爵家の屋敷に来ていた。屋敷は静まり返り誰もいない様だった。


「テオドール様、こちらのお屋敷は一体……さびれた様子はないのに、誰もいないですね」


フランは、まだ綺麗な状態の屋敷を見て、奇怪な顔をする。なんだが、異様な感じがする。


テオドールは、ある自分人物に会う為に此処に来た。だが、予想通り屋敷は静まり返り、人の気配は全く感じない。


「まあ、予想はしていたけどね」


だが、ここに居なければ、流石に何処に行ったかなど、テオドールには見当もつかない。

その時だった。少し離れた物陰に人影が見える。


「誰だ ‼︎」


人影はその声に反応したように、走り去った。テオドールは直ぐ様後を追う。フランもあたふたしながら、テオドールに続いた。





「君……意外と足が速いし、体力あるね」


暫く走り、人影は町外れにある、小さな小屋に入って行く。テオドールは、息は切れてないが、多少の体力は消耗した。フランはというと、情けない事に、既に息を切らしへばっている……。


「あら、そうですか。普通ですよ。テオドール様の、お連れ様は、随分とひ弱そうですね」


「まぁね……そこは、余り言わないで欲しいな……。それより、無事君に会えて良かったよ、デラ」






デラは、テオドールとフランに椅子を勧めると奥へ消えた。暫くして、お茶を手に戻って来た。


「粗茶ですが……宜しければ、お召し上がり下さい」


苦笑いを浮かべながら、デラはそう言った。


「有り難く頂くよ」


テオドールは、注がれたお茶に口を付けた。味が薄く、香りも殆どしない。大袈裟に言えば白湯を飲んでいるようだ。


「なんだか、これ白湯みた、ゴホッ」


フランが、正直な感想を口にしようとした瞬間テオドールに背中を叩かれた。フランは、お茶を吐き出しテオドールを見遣るが、笑顔で返された。怖すぎる……。フランはそのまま固まった。


「まあ、大丈夫ですか⁈今拭く物を用意します」


デラは、奥から布を持ってくると丁寧にフランの口元や、テーブルの上を拭く。


「随分と、大変だったみたいだね」


テオドールの言葉に、デラは拭いている手を止めた。


「……いえ、私はいいんです。ただ、ヴィオラ様の事だけが心配でして」


それから、デラは何があったのかを、話し始めた。


「で、僕を見て逃げた訳か」


「はい……」


デラを見た時、正直驚いた。一瞬誰だか分からない程に、別人に見えた。その理由は、服はボロボロで、頬はこけ、どう見ても栄養が足りてない様に見えたからだ。


デラは、ヴィオラと離され城に上がる事は許されなかった。レナードから「君がいると、目障りなんだ。これからは、ヴィオラの事は僕が面倒見るから君は必要ない。ヴィオラもそう言ってるから。もう2度とヴィオラの前に姿を現さないように」と言われたそうだ。


デラに行く宛はなく、取り敢えずモルガン侯爵家の屋敷を暫く借りていたらしいが、少し前にレナードの従者が現れ、命からがら逃げてきたそうだ。


デラはレナードの従者に、郊外の町の屋敷での事を聞かれた。ヴィオラの足を治した人物の名前や所在を、やたらと知りたがっていたが、様子がおかしく思ったデラが知らぬ存ぜぬを突き通すと、襲いかかって来た。


それからは、従者達から身を隠しながら生活をし、手持ちも余りない故、この様な生活を強いられている。

テオドールを見て逃げたのは、もしもテオドールと一緒の姿を見られたら、危害が及ぶと思ったからだ。


「デラ、ありがとう。僕の事を、話さずにいてくれて」


「テオドール様の為では、ありません。もしも、テオドール様の事がレナード殿下の知る所になれば……テオドール様は、亡き者にされるかも知れません。そうなれば、ヴィオラ様が……悲しみます」


そう言って、瞳を伏せるデラからは、心の底からヴィオラを想っているのだという事が、ひしひしと伝わってくる。だが、そんなデラとは対照的にテオドールは、戯けたような笑みを浮かべた。


「成る程、それは朗報だね。僕が死んだら、ヴィオラは悲しんでくれるのか……僕にも少しは望みはあるかな」


「私は、真面目に話しているのですが……」


「あぁ、ついね。ごめんね?」


デラに睨まれ、テオドールは軽く謝罪をする。


「王都へ戻る道中、ヴィオラ様はテオドール様の事ばかり、お話になられてました。私には分かるんです。ヴィオラ様は、テオドール様の事を……」


テオドールは、何も言わずデラの言葉に耳を傾けていた。



「…………ヴィオラ様は、レナード殿下に囚われてます。催眠、いえ暗示と言えばいいのでしょうか」


デラは手を握り締め、身体を震わせる。


「テオドール様、ヴィオラ様をお助け下さい。レナード殿下は、ヴィオラ様を愛されているとは、私には到底思えません。きっと、ヴィオラ様を愛玩人形の様に思っているだけなんですっ。このままなら、ヴィオラ様は、ヴィオラ様はっ……」


縋る様な顔で、嘆願するデラにテオドールは

、不敵な笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよ、デラ。僕が、ヴィオラを守る」


『大丈夫だよ、デラ。僕が、姉さんを守る』




「っ……」

いつかの、ミシェルとテオドールが重なり、デラの瞳からは、一筋の涙が流れた。












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