第7話

「本日も、随分とご機嫌ですね?」


デラはそう話ながら、長椅子の上に座り本を見開いているヴィオラを見遣る。ずっと落ち込んでいたヴィオラが、ある日を境に以前の様な元気を取り戻した。その事にデラはホッと胸を撫で下ろしていた。


「へ、そう見える?」


「はい、とても」


デラは手際良くシーツを新しいものへと替えていく。


「私は至って普通です。普通」


「人は嘘を吐く時や後ろめたい事がある時は、同じ言葉を繰り返すそうですよ」


デラの言葉に、ヴィオラは固まり次の瞬間には頬を赤く染め、思わず本を手元から落としそうになる。


「べ、別に後ろめたい事なんてっ」


ヴィオラがそう叫んだのと同時に、扉が開いた。その事にヴィオラは今度は自ら長椅子から落ちそうになる。


「おっと!大丈夫?」


「王太子殿下っ⁈」


危うく長椅子から落ちそうだったヴィオラを、レナードは受け止め胸元におさめた。


「ヴィオラ、悪い子だね」


レナードの登場にヴィオラは一瞬歓喜するが、レナードから悪い子と言われ見るからに枯れた花の様に、しゅんとなる。行儀が悪と思われたに違いない。恥ずかしい……。


「僕の事は、名前で呼ぶようにって言ったのに」


レナードはヴィオラを抱き上げると、長椅子に自ら座り膝の上にヴィオラを乗せた。


「殿下⁈」


「今日も、可愛いね」


予想外の出来事にヴィオラは声が上擦ってしまうが、そんなヴィオラの事は御構い無しに、レナードは髪に触れるとそれを手で弄び始める。細く柔らかい銀色の髪が、手に馴染み心地がいいらしい。


初めてレナードがこの部屋を訪れた日から、ひと月程経つ。あの日からレナードは毎日の様にヴィオラに会いに来てくれる。


「そうだ、これお土産だよ」


そして毎度ながら、手土産を持参してくれた。始めはミシェルを思い出してしまい、複雑な気持ちだったが、回を追う毎に気づけばそれも薄れていく。


「キレイ……」


ヴィオラはレナードから包みを受け取ると、それを開いた。いつもは、お菓子やらハンカチーフや櫛などの小物だったが、今日は違った。


中からは、七色に光を放っている宝石があしらわれた髪飾りが出てきた。装飾品は初めてだ。


「こんなに高価な物……私などが、頂いても宜しいんですか……」


これまで貰ったどの手土産よりも値が張りそうだ。お祝い事でもないのに、こんな高価な物を受け取って良いものか正直悩んでしまう。


「ヴィオラの美しい髪に、きっと似合うと思ってね」



不安そうな表情を浮かべるヴィオラに、レナードは優しく笑って見せた。それを見てヴィオラは安堵し、髪飾りを素直に受け取った。


「君の為に。貸してごらん、僕がつけてあげるよ」


レナードの言葉に素直にヴィオラは、髪飾りを手渡す。レナードは手際良く髪を一束掴むと、髪飾りでそれを挟んだ。


「思った通りだね、よく似合ってる」


「ふふっ……ありがとうございます!あの、その……」


ヴィオラは恥ずかしそうにモジモジとして、中々次の言葉を言えずにいる。だが、暫くして意を決した様な表情を浮かべ口を開いた。


「れ、レナード、さまっ……」


「フッ……良い子だね、ヴィオラ」


ようやく絞り出した声は、とても小さく掠れていたが、レナードにははっきりと聞こえていた。


言っちゃった!ついに、王太子殿下を名前で呼んじゃいました!恥ずかし過ぎる……でも、嬉しいかも……。


ヴィオラは平常心を装うが、見るからに歓喜しているのが分かる。その歓喜し照れているヴィオラの姿にレナードは微笑んでいた。


デラはそんな2人を、少し離れた場所から心配そうに眺めていた。ヴィオラの髪につけられた髪飾りに視線をやる。

髪飾りにあしらわれている七色に光る宝石の名は、蛋白石オパール。この国の国石であり、王家の象徴でもある。


それを、まだ知り合って間もないヴィオラに贈る意味はなんなのだろうか。しかも、わざわざヴィオラの為に作らせたなどと……。


ヴィオラは知らないだろうが、レナードには婚約者がいる筈だ。それなのにも関わらず、毎日の様に部屋を訪れてはヴィオラの為に手土産を持参する。


ヴィオラは何気なくそれらを受け取っているが、デラには分かる。それら全てがヴィオラの用意されただという事を。


そして今日は、更にあの髪飾りときた。レナードの目的は一体なんなのか……。


不安が拭えないまま、デラは見守るしかなかった。


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