ありがちな話

ノーバディ

第1話 食べられるだけ

「は〜い、チームけーたプレゼンツポッキーチャンネル、今日は丸丸軒から生配信!

『デカ盛りラーメン食ってみた』をお送りしちゃうぜぇ〜。ひういごぉ〜」

なんだこいつら、ユーチューバーか?

飯くらいゆっくり食わせろ。

「はい来ましたデカ盛りラーメン!

ラーメン4玉にピラミッドの様な野菜炒めの塔!これで千円はあり得ない!

あり得なさ過ぎます!

けーたはこれを完食出来るのでしょうか?」

いいから静かに食えや。

ここは俺の母校近くのラーメン屋。

ラーメン一杯400円、大盛りにしても500円、野菜増し増しでも550円。飢えたガキどもの腹を満たしてくれるオアシスの様な場所だ。

俺も学生の頃は死ぬほど世話になった。


「いただきマンモス〜。こ、これは!美味い〜〜。

でも飽きて来たな。ちょっと嗜好を変えてっと

胡椒を一振り。。。

ぎゃ〜〜一瓶全部入れてもおた〜。

よし中和すんのにラー油を一瓶っと!

でわいただきマンモス

ぶへっぶほぉっ!

食えたもんじゃねえ〜〜〜」

んだ、こいつら。クソチューバーって奴か?

ちょっと行って締めてくっか。

俺が席を立とうとした瞬間。入り口のドアが開いた。

見窄らしいとしか表現出来ないオッサンと5歳位の女の子の二人組、思い詰めた様なオッサンと笑顔の娘。なんか訳ありか?

異様な雰囲気の二人に毒気を抜かれた俺は立ち上がるタイミングを逃してしまった。


店の奥から店主の親父が出てきた。

無愛想を極めた様な風貌から俺達は畏敬の念を込めて軍曹と呼んでいた。

「なんにする?」

お冷を置きながら軍曹が尋ねた。

「あ、あのすいません。

これで食べられる分だけでいいから何か分けてもらえますか?」

オッサンはポケットから出した小銭をテーブルに置いた。


「おぉ〜っとお!これはハプニング!

なんとビンボー親父が160円でラーメンを食べようとしています!

これは前代未聞!空前絶後!あり得ない!あり得な過ぎます!

ポッキーチャンネルけーたは引き続きこの親子を追って行こうと思います!」

っせぇな、マジでやっちまうか?

「お嬢ちゃん、どおしてここにきたんだぁ〜い?」

「んとね、あのね、一度だけママと来たの。

らーめん、食べたの。

美味しかったの。

餃子も食べたの。

美味しかったの。

みーこね、今日5歳になったの。

だかららーめん食べにきたの」

みーこちゃんは弾けんばかりの笑顔で答えた。

「おお〜っなんと言う事でしょう。

こんな事があって良いのでしょうか?

俺達はこんな健気な娘をほっといて良いのでしょうか?

い〜や、良い訳ありません!


みーこちゃん、けーたの食べかけで悪いけどこれ食べるかい?」

ラーメンを取り分けてやるクソチューバー。

いいとこあるじゃん。

・・って?

「ありがと〜〜」

向日葵より眩しい笑顔でラーメンを啜り始めるみーこちゃん。

「ぶへぇ、ぶひゃっ!ぶほぉっ」

むせながらラーメンを吐き出すみーこちゃん。

こいつらあの胡椒&ラー油入りのラーメン食わせやがったのか?

「ぎゃあっひゃっは〜〜

いい画が撮れた〜これはバズるぜ。

みーこちゃん、ナイスリアクション!」

限界だ。

俺は席を立ちかけた。


「お待たせ」

軍曹がラーメンを持ってきた。

オッサンには大盛りラーメン。

みーこちゃんには子供向けのお子さまラーメン。

「いや、あの。わたしは手持ちがこれしか無くて」

「ふん」

軍曹は何も言わず奥へ入っていった。

「いいから冷めないうちに食べなよ」

俺は声をかけた。

「いっただきま〜す」

みーこちゃんがまず箸をつけた。

「お〜いしぃ〜。とぉちゃんも食べなよ」

「食べた方がいいよ。軍そ、店主さんお残しにはうるさいからね」

「では、いただきます」

一口、二口。箸が止まらなくなって来たようだ。

「美味しかったね〜」

みーこちゃんが笑顔で言った。

食べ終わったオッサンはハッと我に返った様に周りを見回した。

「餃子も食べるかい?」

いつの間にかやって来てた軍曹が尋ねる。

「うん!」

笑顔で答えるみーこちゃん。申し訳無さそうなオッサン。

餃子を食べ終えると両手を合わせて「ごちそうさま」言うみーこちゃん。

「あのお代は、、

今日はこれだけしか持ってきてませんが必ず持ってきますから」

というオッサンに俺は自分の財布を開きかけた。

見る周りにいる客のほとんどが同じ事をしようとしてた。

「あ?『これで食べられるだけ』って注文したんだろ?

しっかり腹一杯になったか?」

160円を受け取り奥に戻ろうとする軍曹。

かっこええ!

「んじゃあ俺も!

『160円でデカ盛りラーメン食ってみた』に変更だな」

クソチューバーがなんかほざいた。

コロス。もおコロしてもよかろう。


「あ?いいよ。餃子もいるかい?」

「よほぉ〜〜〜い!餃子も追加で」

軍曹は相変わらずの無表情で奥に引っ込んでいった。

俺は見逃してない、こめかみに血管が浮き出てたのを。

「餃子、お待たせ」

そこには毒毒しいまでに真っ赤な餃子が現れた。

「ちゃんと食べろよな」

軍曹がひと睨みした。

「え?これ?」

一口食って吐き出そうとしたクソチューバーども。

「いや、これ」

「あ?なんか文句でも?」

軍曹が言うと軽く俺達をみた。

『了解』目で返事をすると

「お前らも『食べられるだけ』頼んだんだよな。俺達も手伝ってやるよ

お前ら応援してやれ」

「はい!」

後輩の空手部連中がクソチューバーどもを囲んだ。

これから2時間かけて胡椒&ラー油入りデカ盛りラーメンと激辛餃子を完食したクソチューバーどもは夢の一万回ダウンロードを目前にそのチャンネルを閉じた。

その後は知ったこっちゃない。


オッサンは軍曹に説教されていた。

「どんな理由があったのかは知らんが子供を飢えさせちゃイカン。

腹が減ったらうちに来い。飯食わせてやる。

皿洗いくらいはして貰うがな」

「はい、はい」

とオッサンは泣いていた。


「みーこちゃん美味しかった?」

「うん!お腹い〜〜っぱい!」

みーこちゃんは笑ってた。

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