第3話 進展
「く、久遠くん、お、おはようございます。今朝練終わったの?」
首から下げたタオルで汗を拭いながら教室に向かうと、背後……いや下から声をかけられた。
振り向いても姿なし。
「あれっ?」
「あ、あの、下、ここにいます」
少しだけ視線を下げてみると、そこには緊張ぎみの美由希が小さい身体を小さくして立っていた。
「と、悪い。おはよう。えっと……早川さん」
緊張し過ぎているのか、天然なのか距離感がおかしくかなり近い。そして、昨日も思ったけど、やっぱりかわいい。
挨拶をしたまではいいが会話が続かない。俯いたままもじもじとしている美由希は何か用事があったわけじゃないのか?
「……じゃあ、また」
間が持たなくなった俺は後ろ髪を引かれる思いでその場を去ろうとしたが、
「ん?」
ズボンから出していたシャツの裾をギュッと握られ引き止められた。
「……あ、えっと、その、……あっ! 本! 本好きですか?」
「えっ? 本?」
突然のことで理解が追いつかないが、どうやら話題を提供してくれたみたいだ。
それにしても本か。俺の見た目からは想像できないだろから美由希自身が好きな話題を降ってきてくれたのだろう。
「は、はい。本。読むの好き、ですか?」
「ああ。うん、割と読む方かな? っていうかタメなんだから敬語やめない? あ〜もしかして見た目でビビらしてる?」
身長183cmの俺。それに対して目の前の美由希は150cmあるかも怪しいくらいに小柄。それに顔。自他共に認める強面。小さい子には泣かれ、女子にはヒカれ、教師には遠慮される。
「あ、いえ。そういうわけじゃ……、その、まだ慣れてないだけです。……あ、じゃなくて、慣れてないだけ、だよ?」
俺が気にしたとでも思ったんだろう。美由希はゆっくりと歩み寄ろうとしてくれた。それが俺にはなんともうれしく感じ、思わず頬を緩めた。
「そか」
「……あ、笑った」
そんな表情の変化に気づいた美由希は安心したように呟きながら微笑んでくれた。
「……なんだよ」
恥ずかしさから、つい口調がキツくなってしまったが美由希はクスクスと笑っている。
「ごめん、ね。久遠くん、全然怖くないよ。むしろかわいい、かな?」
「……悪かったから、からかわないでくれ」
思いがけない反撃に両手を上げて降参した。
「あっ! 美由希、巧くん。おはよう! なになに、どうしたの?」
笑う美由希に降参した俺を見た渚が美由希を背後から抱きしめていた。
「おはよう渚ちゃん。その、久遠くんがね?」
「やめてくれ、そいつに言うとしばらくはからかわれそうだ」
美由希一人にこうも心乱されるかと思いながらも、こんな状況も悪くないと思う自分もいる。
「なによ〜、仲間外れはひどいと思わない?」
あざとらしく頬を膨らませる渚に、俺の背後から声をかけらるやつがいた。
「じゃあ、俺がキミの仲間になろうか? そうすれば2対2だよ」
どこのナンパ野郎だと振り返ってみると、入学以来よく見る顔がそこにあった。
「なんだ忍か。どこのナンパ野郎かと思ったぞ」
「ひどいな巧。なんだか楽しそうだから俺も仲間に入れてもらおうと思っただけじゃないか。で、せっかくだからそちらのお嬢さん方を紹介してくれよ」
やっぱりナンパ野郎かと内心思いながらも、悪いやつではないのでおとなしく紹介することにした。
「クラスメイトで同じサッカー部の森本忍」
「ども、森本です。えっと巧の彼女———なわけないよな?」
なんでだよ、と思いながらも事実なのでツッコミも入れられない。
「巧くんの幼馴染の林渚。ただの幼馴染なのでお間違えないようにお願いね。5組でバスケ部に所属してるわ」
美由希の背中から離れながら渚が愛想よく自己紹介している。
手前にいる美由希は小動物のようにオロオロし出した。
「渚ちゃんね。ただの幼馴染なんだ。ただのね。あまり強調すると巧、枕を涙で濡らすことになっちゃうよ」
さすがは陽キャ。しっかりとコミュニケーションが取れてやがる。
「あははは。森本くんあまり巧くんをディスると後で反撃されちゃうよ」
「ああ、忍でいいよ。苗字は呼ばれ慣れてないんだ。で、そっちの子は早川さんだよね? 同じ中学だった」
「……っあ、は、はい。早川です。し、知っててくれたんですね」
目を大きく見開いた美由希が驚きながら呟いた。
「ああ。話したことはなかったよね? でも同じ学年の女の子の顔と名前くらい知ってるよ」
「やっぱりナンパ野郎じゃねぇか!」
口に出さずにはいられなかった。
♢♢♢♢♢
その日の夕方、渚の提案で4人でカフェに行くことになった。美由希と仲良くなるチャンスに心躍らせていたが、一抹の不安があった。
「忍、イケメンだからなぁ」
積極的に美由希の話を引き出してくれそうだが、勢い余ってオトしてしまいそうな感じもする。これまでの付き合いで忍が性格も良いやつだとわかっているからこそ、純粋な美由希がコロッとオチてしまってもなんらおかしくない。
爽やかイケメンの忍と強面で面白い話もできない俺。どちらに惹かれるかは明確だ。
それでも、これまでロクに女子と接してこなかった俺には絶好のチャンス。
「平常心、平常心。変に取り繕うなよ」
自分に言い聞かせてながら集合場所の校門へと向かった。
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