《短編》フラれた俺と、フッた私

yuzuhiro

第1話 出会い

「ごめん、なさい」


 目の前の少女は、膝を隠していたスカートの裾をキュッと握りしめ、口元を震わせながらも確かに俺にそう言った。

 俯いたままで表情を伺うことはできないが、そこにいつもの優しい笑顔がないことは明白だ。


「……そ、か。うん。……わかった」


 なんとか捻り出した言葉に彼女の身体がピクッと反応した。

 ゆっくりと俺を見上げたその瞳は、彼女の背後に迫りつつある夕陽のように赤くなっていた。


 早川美由希はやかわみゆき。同じ高校に通う同じ2年の女の子。

 クラスも部活も委員会も違う、本来なら接点すらなかったかもしれない俺たち。そんな俺たちが知り合ったのは去年のゴールデンウィーク明け。まだクラスにも部活にも馴染みきっていない頃だった。


♢♢♢♢♢


たくみくん」


 ゴールデンウィークの休み明け、連日の夜更かしに慣れた身体は未だ通学モードからは程遠く、欠伸を噛み殺しながら歩いていると背後から肩を叩かれた。


なぎさか。おはようさん」


 声をかけてきたのは林渚はやしなぎさ。同じ集合住宅に住んでいる幼馴染だ。 

 小さい頃はよくお互いのウチを行き来していたが小学校の高学年くらいになると自然と疎遠になり、中学時代はまともに話した記憶はない。そんな間柄の俺たちに変化が訪れたのは高校に入学して半月が経った頃。


♢♢♢♢♢


 入部したばかりのサッカー部の午後練が終わり、受験勉強でなまりきった身体は重く、憂鬱な気分で下校しているときのこと。

 

 自宅まではあと2階というところで、上の階から渚が降りてきた。

 パーカーにキュロットというラフな格好な彼女はコンビニにでも行くような感じだった。重い身体を壁側に寄せて渚が通り過ぎるのを待っていると、俺の目の前に来て止まった。


「ね、ねぇ巧くん。久しぶりね」


 少し気まずそうに話しかけてきた渚に俺も訝しみながら返答した。


「……おう」


 特に話すこともない俺が動こうとしない渚の脇を通り過ぎようと階段を上り始めると、焦ったような声で呼び止められた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。話しかけてるんだから行こうとしないでよ」


 両手で俺のシャツの裾をギュッと掴んで抗議する渚に俺は困惑するばかりだった。


「はぁ? 何? 用事?」


 デカくて厳ついと評判の俺がこんなセリフを言えば大概のヤツらは引っ込むが、そこは小さい頃からの幼馴染。一瞬、身体をビクッと震わせたが、すぐに切り替えて真っ直ぐに俺の目を見てきた。


「ほ、ほらっ、ウチらの高校ってさ、同中の子が少ないじゃない? だから、また昔みたいに仲良くできないかな〜って思って。……だめ?」


 渚の言う通り、俺たちの通う高校はバスで40分はかかる。なので俺の知る限りでも同じ中学からきたのは渚以外に2人くらいしか知らなかった。


「ダメって言われても。……まあ、別にいいんじゃね?」


 別に男女の関係になりたいって言われてるわけでもないし、学校で顔を合わせた時にちょっと話す程度だろう。


 そのときは、それくらいの認識だった。


「うん。学校で会っても無視しないでよ? 巧くん1組でしょ? 私、5組だから昇降口も別だけど会う機会はあるからね」


「ああ。そうか」


 全く興味がなかったので渚が何組か知らなかったが、これまで校内で会う機会がなかったのは昇降口が違ったからだと納得した。


「うん。そういうことだからよろしくね」


 渚はそれだけ言うと階段を駆け上がって行った。


「出かけるんじゃねぇのかよ」


 意気揚々と帰っていく渚の背中を呆れ顔で見送った。


♢♢♢♢♢


「巧くん、サッカー部入ったんだね。朝練上がり?」


 鞄を肩から掛けて今登校してきましたと言わんばかりの渚が笑顔で話しかけてきた。


「まあな」


 小首を傾げて可愛らしく聞いてくるあたり、こいつも男の目気にしてんのかなと端的に答えると、隣に小さな人影があるのに気づいた。


「ふ〜ん。ねぇ、巧くん。こう言っちゃなんだけど、見た目で勘違いされやすいんだからもうちょっと愛想よくした方がいいと思うよ? ほらっ、私のともだちも小さくなっちゃってる」


 渚の言葉で視線を隣に向けると、一瞬で目を奪われた。


 セミロングの黒髪に、優しげな目元、小さな身体に控えめな胸元。世に言うような美少女では決してないが俺のタイプにどストライクだった。


「いや、元から小さいんじゃねぇ?」


 恥ずかしさからか、初対面で言うようなことじゃないセリフが口から出てきてしまった。


「だ・か・ら! そういうところ! 確かに背は高くないけど、そのかわりかわいいでしょ?」


 俺の心の中を見透かしたかのような渚の言葉だったが、彼女に見惚れていた俺から出た言葉は、すごく素直なものだった。


「あ、ああ。だな」


「ふぇっ? あっ、あの。えっと。早川美由希、です」


 俯き気味で視線をキョロキョロさせながら困惑する美由希。


「ちょっと巧くん? キミ、そんなキャラだったっけ?」


 両手を腰にやりながらジト目で抗議をしてくる渚を他所に「ふぅ」とバレない程度に深呼吸してから美由希に向き合った。


「俺、久遠巧くどうたくみ、よろしく」


 こうして俺はに巡り会った。

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