ハードボイルドワルツ有機体ブルース

ＡＣＴion 06 『極Ｙ突入』

　膨れ上がった光に天井はたわむと、いまにも零れ落ちそうにそこで光は揺れていた。

　抜け落ちる。

　刹那、ライオンが身を躍らせていた。

　その腕を掴んだままなら引きずられて倒れ込み、アルトも追いかけ床を蹴る。

　わずか二歩。

　その足先を何をや引っかけ、蹴り飛ばせずにアルトの方こそ吹き飛んでいた。同時に白く焼き付けられたのは視界だ。破裂音は間髪れず鳴り響く。

　ただ中でどうっ、と床へ身を投げ出していた。

　追いこし破片が周囲を叩きつける。

　一部始終にフロアのバカ騒ぎはピタリと止み、追い打ちをかけて『ミルト』の全照明が落ちた。伴い上がる悲鳴は異なる言語だろうと皆同じで、聞きながらゆっくりアルトは身を起こしてゆく。視界に光の残像が白く焼き付き残っていた。ほかに怪我らしい怪我はなく、足元から微かな呻き声を聞いていた。

　と、フロアに青緑色の非常灯は灯される。

　照らし出されてライオンが、そんなアルトの足先で丸まっていた。どうやらその体に躓いたらしく、互いがもんどりうって離れた『ラウア』語カウンターへ目をやってぎょっとする。黒焦げとなった『ラウア』語カウンターはそこで、茹で上がったかのような煙を上げていた。のみならずつながる左右の言語カウンターでも、ことごとく利用者たちは吹き飛ばされている。同様に床に放り出されてうずくまっていた。

　高圧放電銃、スパークショット。

　惨状にアルトは確信する。

　この一撃はその固め撃ちとしか考えられず、咄嗟に作業着の背からスタンエアを剥ぎ取った。銃床をヒザへ叩きつけエアを装填するが早いか、低い姿勢のままライオンへと床を滑った。気づいてライオンも逃げんと床をかくが、手足の動きはバラバラと全くもって要領を得ない。

　覆いかぶさり襟首を掴み上げた。

　力任せにひっくり返した体を押さえつけ、あるとはおののく獣面へ握るスタンエアの銃口を押しつける。

「よぉく分かった。学芸会の意味はこの時間稼ぎか？　あんたも捨て身だってのなら上等だ。いいか、今すぐ仲間の武装を解除させろッ。でなけりゃ今度こそその頭、吹き飛ばすッ」

「待て、撃つな！」

　などと、先にブッ放しておいてそれこそない。

　知ったことかとトリガーへ指をかける。視界の隅で何かが動いた。黒焦げとなった『ラウア』語カウンターの真上からだ。ロープは一本、垂らされる。否応なく視線を這わせてアルトは声を上ずらせた。

「じょ、冗談だろ」

　船賊だ。しかも極Ｙ種族と外見で判別できる。造語習得の波に乗り遅れ、経済活動からつま弾かれたせいで強盗、略奪、闇売買を行い生計を立てる彼らは、身の丈ほどのスパークショットを背負うと棒切れに腕を四本、足を二本刺したような体型へ感電防止のラバースーツとフルフェイスのガスマスクをまとい、今まさにフロアへ降りようとしていた。

「あれのどこがわたしの仲間だ！　あなたたちに関わって以来、やつらにつけまわされているのはわたしの方なのだぞ！　武装解除させたいのならあなた自身で交渉してくれ！」

　ライオンこそ必死の形相で言い放つ。

　あいだにもラバーソールのおかげで音もなくカウンターへ着地した極Ｙたちは、下二本の手で磁気ハーネスをロープから切り離し、上二本の手で棒術さながら背からスパークショットを抜き取った。

　目の当たりにしたならこれ以上の問答こそ無意味だ。

「とにかくっ」

　アルトとライオンの息はそこで合う。

「逃げろッ！」

　きびすを返えせばフロアの利用者たちもまた、四方、ゲートへ引き潮のごとく逃げ出している。その中へ、ふたりもまた身を踊らせた。追いかけスパークショットの青白い閃光は放たれ、群衆へ紛れ込んだふたりの後方で、見知らぬ利用者が焼かれ、接触していた周囲の数体が感電すると四方へ弾け飛んだ。

「せっかく奴らをまいて来たというのに！」

　吠えるライオンの、どうやらそれがことごとく遅刻してきた理由らしい。

「つか、全然まけてねぇぞッ」

　吐き返せばライオンはこうも言う。

「ただのボイスメッセンジャーにこんな依頼を押し付けるあなたたちが、無謀なのだ！」

「お前がボイス、メッセンジャー？」

　記憶補助装置と摸擬声帯を体内に埋め込み、声帯模写でもってして肉声のメッセージを届ける福祉事業、それがボイスメッセージだ。ボイスメッセンジャーとはその事業に従事する者の呼び名で、遠く離れた家族や恋人同士のやり取りから、遺言や生体認証の代行等、肉声ゆえの臨場感を売りに幅広く依頼をこなす業者のことだった。そしていうまでもなくアルトにそんなものをやり取りする相手こそ、いない。

　フロアへ降下してきた極Ｙたちがカウンターからあふれだしている。ままにフロアへと走りだしたなら、なおさら逃げまどう利用者たちはゲートへ殺到し、容量オーバーとなったゲートは各所でフン詰まりを起こし始めた。

「あんただッ」

　見回して、だからこそアルトはライオンの頭へ手を伸ばす。どう考えても目立つかぶり物を極Ｙから隠し、押さえ込んだ。

　はずが、その手は空を切る。それどころか頭の中へめり込むとライオンのアゴ付近から突き出した。アルトの腕を貫通させたライオンは悲鳴を上げ、支えをなくしたアルトはのしかかるまま互いは再びフロアへ倒れ込む。

「まさかこいつ、義顔？」

　痛みに歪めた顔でアルトはライオンから手を引き抜いた。

「おい、起きろッ」

　動かなくなったライオンを揺さぶれば、前方ゲートを逆流してその時、スパークショットを放ち新たな極Ｙたちはフロアへ雪崩れ込んでくる。あらゆる言語の悲鳴と怒号は頭上で飛び交い、叩き起こされてライオンはようやく正気を取り戻した。

「馬っ鹿もん！　パラシェントの頭を触るとはどういう了見だ！」

　光の屈折率を操ることで様々な義顔を使い分け、一生素顔を隠して過ごす種族『パラシェント』だと豪語する。そうまでする彼らにとって素顔を晒すことは、ましてや触れられることは屈辱かつ破廉恥の極みだった。なるほど『ラウア』語カウンターで素顔について探られることをひどく嫌ったわけだと思うが、全てはもう後の祭りでしかない。

「そこまで気が回るかよッ」

「何を言う。この顔を待ち合わせの目印にと、パラシェントのボイスメッセンジャーを選んだのはそちらだろう！」

「選んだ？」

　何もかもが後手だ。

「冗談。なら俺は、アンタの依頼主にはめられたってことだ」

　ライオンの襟首を掴み上げる。ともかく踏み荒らされ続ける床から立ち上がった。

「あんたの依頼人は誰だ」

　放電音が迫り来る。

「こんな怪しい依頼、面と向かって受けていなら断っている。依頼は匿名のホロレターで受けた」

「また匿名のホロレターかよッ」

　いつからブームは電子メールから物理配送なんぞに変わったのか。

「そのメッセージ、本当にあるんだな」

　吐き捨てアルトは確かめていた。

「あるから仕事を片付けに来た。そして、その仕事を途中で邪魔したのはあなただ」

「なら責任もって聞いてやるッ」

　つまりライオンの再生する声色のみが仕掛けた輩の唯一の手がかりだ。落ち着いて聞くためにも、むさぼりアルトは周囲へ視線を走らせた。利用者の引けたフロア中央の円形ステージの床が抜けていることに気づく。

「いいか、俺に遅れるなッ」

　迷うなどとあり得ない。めがけてアルトは走り出す。ゲートへ殺到する利用者たちから抜け出すと、まず蹴散らされて折り重なったフレキシブルシートの影に身をひそめた。飛び出しまた別のシートへ身をひそめ、重なるその隙間を這い、ステージまであとわずかの場所に転がるシートへこれが最後と背を押しつける。

「分かったから、その顔、いい加減ほかのヤツに変えてくれ」

　真似て肩を並べるライオンへ口を開いた。

「無茶を言うな。やつらをまくのに義顔パターンを全て使い切った。もう公用の顔しかない。さらして、やつらと顔見知りになるつもりもない」

　片耳にそうっとアルトは極Ｙの様子をうかがう。ゲート前を焼き払った極Ｙたちは、それでも見つけられないふたりの姿に、見失った、と言わんばかり辺りを見回している。

「おい、待てよ、あんた」

　だからこそ気づかされていた。

「それじゃ、話がおかしいぜ」

　アルトは咄嗟とライオンへスタンエアの銃口を突き付けなおす。

「あんたはホロレターで依頼を受けたと言ったが、なら会わずに誰の声をコピーしたっていうんだ」

　唐突さに両手を挙げたライオンの声は上ずっている。

「カ、カウンスラーだ。受け渡しにこの顔を使うことと、メッセ―ジはカウンスラーの音窟で採取しろと指示があった」

「音窟だと？」

　惑星『カウンスラー』の無限反響洞窟は、原住種族たちの声を封じ込めた無数の小部屋が惑星全体を覆い尽くす、既知宇宙でも一位、二位を争う巨大遺跡だった。その価値は近年になり見直されると保護活動も進められているというが、それまでの盗掘で小部屋は今や観光の記念にメッセージを吹き込む場所にもなっており、紛れて吹き込まれたものを採取したというならまんざら嘘だとも言えなかった。

「奴らにつけられ始めたのも音窟からだ」

　加えて明かすライオンから、少しばかりもったいをつけアルトは銃口を浮かせる。

　頭上を、火の玉と化したフレキシブルシートは飛び越していった。

　唐突さにライオンもろとも首をすくめれば、中に詰め込まれていた液状シリコンに火は回ると古い手品よろしくボン、と宙で爆発する。辺りに黒煙はもう、と広がり、飲み込まれてふたりは思わず身を伏せた。

「もう終わりだ」

「バカ言うな」

　見失ったふたりをいぶりだし、極Ｙたちは床に転がるフレキシブルシートを端から順にスパークショットで弾き飛ばしている。

　うかがい、吐きつけたアルトはそのアゴで円形ステージを示した。　

「いいか飛び込むぞ」

　目をやって初めてライオンはそこに穴が開いていることに気づいたらしい。

「な、深さが……っ」

「メンテナンス上、モジュールサイズは一定だ。これだけ天井がありゃ、底はしれてる」

　言って返すがアルトにとっても憶測を出ない。そして確かめておれる猶予こそもうなさそうだった。

「あんたが先だッ」

　言って飛び出す。残る距離を駆け、ステージへと踊り上がった。その姿に気づいた極Ｙの下二本の腕がざわめく。あちこちで振られると、手信号ともとれる独特のジェスチャーを放ち、それはあっという間に集団の中を伝播していった。

　そう、この極Ｙ地方が造語の流れに乗れなかった最大の理由は、元来音声言語を使用しない種族だったためだ。

「ぼやぼやしてるなッ」

　ステージからライオンへ怒鳴りつける。

「ええい、くそ！」

　もう引けはしない。吐き捨てライオンもステージへと這い上がった。

　目指して極Ｙたちはぐるり三百六十度から、目指して一斉に走り来る。

　追い立てられてライオンは、それこそ獣よろしく四つん這いで開いた穴へすり寄っていった。

「どうだッ？」

　背に回してアルトは投げ、知らせてライオンはのぞき込んでいた顔を持ち上げる。

「下に何か……」

　その視界へあろうことか、たわむ天井は再び映り込んでいた。

　とたん破裂音は鳴り響く。閃光は天井を突き破り、まさにふたりが飛び出してきたばかりのフレキシブルシートへ突き立った。

　勢いに潰れて中から液状シリコンは散り、表面を閃光が走る。

　かと思えば爆発した。

　黒煙が、周囲に転がるシートや食料を巻き上げ、食らってアルトもステージへと伏せる。駆け寄っていた極Ｙたちも勢いに足を止め、やがて降り注ぐあれやこれやを電極で払いのけた。確保しなおした視界へと、電極を突きつけなおす。

「ジャンク屋、前だ！」

　知らせるライオンのタイミングにこれ以上はない。

　聞こえてアルトは体を持ち上げていた。

「くっそッ」

　スタンエアを突きつけ返すが、複数を相手に狙いの定めようがない。ないなら爆発の勢いで足元へ吹き飛ばされていたシートを狙い撃っていた。食らったシートはひしゃげて吹き飛び例のごとく中身をぶちまける。間髪入れずスパークショットは、飛び散る液状シリコンへ放たれた。

　受け止め、閃光がその表面を走る。

　起きた爆発に、伏せ損ねたアルトの体はステージの上を転がっていた。かろうじて張り付き上下をとらえなおしたなら持ち上げた視界の先に、煙の粒子で乱反射を起こし穴だらけとなったライオンの顔はある。

「構えてろッ」

　もう、あ、も、う、もありはしない。ステージを押して駆け出す。ライオンの尻を蹴りつけていた。もともと覗き込む格好だったその体は、あっけなくも穴へ落ちる。

　追いかけアルトも身を翻した。

　かすめて頭上で閃光は、四方から放たれると間一髪と宙で交差する。