第一章 ─始まりの草原─

第6話【トットコ行くよどこまでも】

 ハーピニアからほど近い低地の平原、"トットコ平原"。

 背の高い草がたくさん生えてて、森林も程よく近い場所にある場所。

 わたしはソラを背中に乗せて、その平原を走っていたの。


「急げハルううううっ!」

「言われなくても急いでるよおおおおっ!」


 ……街道を外れ、ものすごく巨大な猛牛に追われながら。


 ここ、トットコ平原には数多くの生き物が住んでるけど、もちろん危険な生物も居る。

 中でも一番危険なのが、"タウロス"って呼ばれる大きな牛さん。

 縄張り意識が強くて、侵入者を地の果てまで追い詰めるって言われてるほど執念深いの。

 で、まあ、その……今追われてるのが、そのタウロスなんだよねー、アハハハ。


 っいやいやいや! 笑いごとじゃないわ! これどうしよう!? どうしよう!?

 今のところ距離は詰められてないけれど、噂が本当ならずっと付いてきちゃう!

 ツギーノまで走り続けるなんて無茶だし、かといってハーピニアに戻ってもみんなに迷惑かけちゃうし……あーもうっ!


「そもそもハルお前、なんであんなところ通ったんだ!?」

「だって近道だと思ったんだもん! しょうがないじゃん!」

「草が倒れてたり明らかに何か居る雰囲気だったろ! それを平気平気って、お前っ!」

「うん! わたしが悪かった! 悪かったからあっ!」


 静かに行けば大丈夫だって思ったのに、通り抜けたら目の前にいるって聞いてないよ! 本当にツイてない!

 ソラと言い合いしながら走り続けているけれど、いつまで持つかどうか……!


「ああ、ハルっ! あの場所に隠れろ!」

「えっ!?」


 ソラが指さす方向には、背の高い草が生い茂っている場所があった。

 上手く隠れられれば、もしかしたら逃げ切れるかもしれない!

 わたしはソラの言う通りに草むらに駆け込むと、タウロスの進行方向を避けるように避けて息を潜めた。


 わたしたちの横を、怒り狂った猛獣が駆け抜けていく。

 怖くて叫びそうになったけど、我慢してわたしたちはただ震えていた。

 荒い鼻息が近くを何度も通り過ぎる。わたしたちを探しているのだ。

 ああもう、神様が本当に居るなら、どうか助けて……!


 すると、わたしの祈りが通じたのか、はたまた縄張りを追い出して満足したのか。

 タウロスはふんっと鼻息を鳴らすと、草むらを出てのしのしと元の場所へと戻って行った。


「……撒けた、か?」


 ソラが小声でそう言うと、安堵した様子でふう、とため息をつく。


「や、やったぁ……もう疲れたよお……」


 わたしも疲れがどっと来て、ちょっと休憩しようと草むらの外へと出た。

 タウロスはもう遠くの方へと行ってしまっている。これならもう安心だね……ふう。


 べちゃっ。


 と、近くの木陰を目指していたら、なにか柔らかい物を踏んでしまった。

 わたしが足元を見ると、青色のとても粘っこい変な粘液を踏んづけていた……うげえ。


「最っ悪……」

「どうした、ハル?」

「聞いてよソラ、変なネバネバしたもの踏んじゃったの! あーもう、お風呂入りたい……」

「ネバネバ……?」


 ソラがそう聞き返した時、ガサガサガサッと草むらが揺れる。

 わたしが振り向くと、そこにいたのは巨大な半透明のゼリーみたいな何か……って、あれってもしかして……!


「スライム!?」


 そう、教科書でも見たことのあるスライムが、私の目の前に現れた。

 平原に住む捕食者の一匹として数えられていて、普段は動きの遅い生き物を食べている。

 けどこうして、狩れると判断した獲物には容赦なく近づいてくるのだ。


「ハルっ! 逃げろ!」

「分かってるって──っきゃあっ!?」


 わたしは走り出そうとしたけれど、なぜか足が思うように動かず転んでしまった。

 ったた……粘液で足を取られちゃったかな、早く逃げ……あ、あれ?


「は、ハルっ! 何してるんだ!?」

「そ、ソラ、わたし……足が動かないの……!」


 あ、ああ……思い出した……授業で言ってたっけ、原生スライムの粘液には触れるだけで痺れる毒があるって……。

 つまりわたしが踏んだのは、あのスライムが残した"罠"だったんだ……!

 このままじゃわたし、スライムに取り込まれて、そのまま……!


「く、くそっ……!」


 わたしが怯えていると、ソラが立ち上がって剣を構えている。

 スライムは相変わらずわたしをめがけてにじり寄ってきて、距離はどんどん狭まっていくのだ。

 わたしは手の力だけで這って、なんとか木の傍までやって来たけれど……これで逃げ続けるのは無理がある。


「ハルには手を出させないぞ、魔物め……!」


 ソラはわたしを守ろうとしてくれているけれど、剣を握る手が震えている。

 スライムは身体の中に浮いている球体を攻撃すれば倒せるらしいけれど、ソラ一人だけで戦えるだろうか。

 そうこうしているうちに、わたしの身体もどんどん動かなくなっていく。 もう木に背を預けるので精いっぱいだ。


「うう……ソラ、逃げて……!」

「馬鹿な事を言うんじゃない、家来を見捨てて逃げる王が何処に居るんだ!」


 でもこのままじゃソラがスライムに食べられちゃうかもしれない。そしてわたしも──。

 そんなの絶対に嫌だ、でもどうすれば……。


 スライムは立ちはだかるソラに狙いを定めたのか、ぐぐっと身体を縮こませる。

 そして、思い切りジャンプしてソラを押し潰そうとしてきたの。

 ソラは剣を構えたまま硬直してしまい、逃げられず──。


 ──だけどその時、スライムの身体を横から何かが貫いたの。


 それは、見たこともないような装飾が施された"槍"。

 スライムの中にある球体は見事貫かれ、そのゼリー状の身体は崩壊しながら横へと飛び散った。

 槍はスライムの球体の破壊したあと、地面へと突き刺ささる。

 本当に一瞬の出来事で、わたしもソラも呆気に取られていた。


「うう……」


 同時、槍が飛んできた方向から呻き声が。

 二人でその方向を向くと、誰かが倒れて……えっ倒れてる!?


「そ、ソラ……」

「ああ分かってる、ちょっと待っていろハル!」


 わたしが痺れる手で必死に指を差すと、ソラがその人の所へと向かう。

 そしてしゃがみ込んで、その人の体をゆさゆさと揺らした。


「おいっ! 大丈夫か、しっかりしろ!」

「ふふ……間に合って、よかった……」


 その人の声は綺麗な女性の声だった。

 なぜか今にも死んでしまいそうなくらい衰弱しているけど……どうしてだろう。


「お前が僕たちを助けてくれたのか? おい、何故倒れてるんだ!?」

「お……」

「お?」


 その女性は残された力を振り絞るように、こう言ったの。


「おなかが……すいたの……」

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