第11話 『王の玉座』

 肉体の限界を迎え少しも動けない俺の隣に立っていた蟻は無言で俺を担ぐと穴の方に歩き始める。

 されるがまま俺は何も出来ないのに歯噛みをしようとして、それすら出来ずに落胆する。

 そんなこととは知らない蟻は穴の場所に到着すると軽く前へとんで穴を抜け自由落下を始めた。

 風圧がボロボロで極めて危うい俺の肌を撫でる。

 普段は強化状態で来る強大な空気圧にも簡単に耐える肉体の筈だが今は風の1薙ぎで激痛に苦しめられてしまう。正直言って強化してる時より今の方が痛い気すらしてる。

 ・・・数秒の間があって直ぐに蟻は地面に着地した。

 だが振動へ対処するでもなくただ落下しただけの蟻からは絶大な衝撃が流れ、結果俺の体へと振動を運搬してくれた。

 その激痛で声もなく苦悶する俺の頭に一つの風景がフラッシュバックした。

 それは奥で待ち構えていた大量の口を開けた蟻、自由落下したのなら当然ソイツ等が要る場所に落ちた筈だった。

 そんな訳で重い目蓋を開き周囲に視線を送ってみる、と・・・


「ただいま」

「「「「「「「「「「オカエリナサイマセ」」」」」」」」」」


 俺を運搬した蟻の周囲を円のように囲んで奴の言葉に片言ながら返答していた。

 あの部屋に居た蟻からは確かに知性の片鱗は感じても野生的の一言に尽きる側面が非常に大きかった。

 だが、今俺。正確には俺を運んだ蟻の回りに居る連中からは明らかな人間に近い理性を感じ取れた。

 つまりは社会的に統率が取れているように伺えた訳だ。


「それでは女王の間へ通るが良いな?」


 俺を運んだ蟻は流暢にチズと同じ異世界の言葉を介し周囲の蟻へ聞いた。


「エエ、女王ノ側近デアラレル3番様ガ女王様ト会ワレル事ヲ拒ム資格ハ我々ニ有リマセン。 ガ、一点伺イタイ事柄ガ有リマス」

「ん? 何かね?」

「何故人間ヲ抱エテイラッシャルノデスカ?」

「ああ、彼は女王に連れてくるよう言われたのでね。 私も即刻、処分するべきとは言ったのだが興味深い人間だと聞かなくてね」

「左様デシタカ。 ナラバ問題ハ無イト思ウコトトサセテ頂キマス」

「ああ、では通るよ。 守護者としての責務を果たしてくれ」

「ハイ」


 聞かれていた蟻の一匹、他より二回りも大きい個体が片言ながらに相手への敬意を感じる口調で受け答えしていた。

 会話の内容で幾つかの不明点は有ったが許容範囲だろう。今は分かってることだけ考えるのが重要だ。

 現状の俺は極めてピンチな状況だからな、無駄な思考になど頭を分ける余裕はない。


「コンコンッ・・・」

「入ります、宜しいですか?」


 考えていると蟻は一際大きい穴の横、壁を軽くノックして中に呼び掛けた。

 穴は今までと違い明らかに持ち込まれたらしい宝石の原石、それでもキラキラした物が表面に隙間無く敷き詰められてる。売ったら金になると思うが加工なしでは価値も低いだろう。

 それでも満足しているんだろうな、と言うか蟻の装飾はこんな感じなのかも知れない。

 丁寧な作業で均一になるよう均等に設置された原石は磨かないからこその美しさ、言うなれば自然の美しさを体現するように薄く光っていた。

 俺もその光景に少し見惚れてしまった、不覚にも蟻の芸術センスは凄いと思ってしまったな・・・


「三番ですね? 連れてきましたか?」

「はい、無事に五体満足の状態で連れてこれました」

「そうですか、上がりなさい」

「はい、仰せのままに」


 言って蟻は穴を潜り奥へと進んでいく。

 しかし五体満足とは話を盛大に盛ってくれたな。

 確かに五体はあるが満足と言えるほどには綺麗な状態じゃない。

 焼け爛れ焦げ付いた体は五体満足と言って良いのか甚だ疑問だな。蟻の基準がわからないから本当のところは何とも言えないのだが。


「・・・いや、重症じゃん!? 全然じゃん!? 大丈夫な要素逆に何処よ三番!?」

「いえいえ、胴体と頭が離れていないのですから大丈夫でしょう。 それに手足も原型を留めてますし」

「いやいや、我等と同じ感覚で人間を見てはいけませんよ三番? 人間は掠り傷で致命傷になる事も有るのですから」

「そうなのですか?」

「ええ、それこそ肺に穴が開く程度で死に至ら締められますよ」

「そんな事が・・・!?」

「ええ、ですから早く回復してあげましょう」


 会話から読み取れる情報をすべて信じる気はないが少なくとも直ぐに殺されるって可能性は低そうだ。

 まあ考えてみると殺すのなら既に死んでるだろうしその可能性は不要だったかも知れない。

 そんなことを考えていると俺は乱雑に地面へ投げ捨てられた。投げられた方向には無造作に手を降り下ろしている四本足で二足歩行、筋肉質とゆう凡そ蟻とは思えない存在だ。

 感覚的には蟻と言うより火星のゴキブリさんに近いんだよな。


「パンッ・・・」


 俺が若干頭の悪い事を考えていると女王と呼ばれたゴキ、蟻が豪奢な椅子の上で手を打つ。

 その音に女王の方を注視すると穴の外面に埋め込まれていた原石が有るものと思ってたんだが女王の周りは原石じゃなく、いや厳密には原石だけじゃなくだな。植物が椅子の後ろにある空間を埋め合わせるように生い茂っている。

 その植物は複数種類の実が見えるところから少なくとも14種類か、更に葉の種類を総合して見れば45種類は有ると思う。

 だが地下に自生する植物として見るには余りに疑惑が残ってしまう。

 そもそも葉を持つ植物が地中に有るか? それこそ花なんか地中で咲く余地ないだろ?

 更に言うと草には揚力体がある。

 って、まあ要するに緑色の細胞で光合成をするために重要な器官だ。

 つまり何が言いたいかって?

 揚力体の少ない植物も数種類見たけど殆どは揚力体が多い。

 つまり地下で育てることは出来ないんだよ基本的に。

 そうなると考えられるのは、蟻にもスキルを持つ奴が居て蟻の内一体が太陽光に似た種類の光を放射する事が出来るって可能性。


「食べなさい人間よ」

「早く食べないと死にますよ?」


 その声に少し軽くなった痛みに耐え女王から視線を外すと俺の右側には今まで無かった物が生えている。

 それは植物だ、先端に一粒だけ実を実らせている。

 食べろ、か。毒ではないと思うが食べなきゃダメだろうか?

 ・・・まあダメだよな。

 俺は意を決して無理矢理に体を起こし果実に噛みついた。

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