シモ・ヘイヘと花嫁

青沼キヨスケ

スピッツ

シモ・ヘイヘ

フィンランドの軍に所属していた『史上最強』と謳われている狙撃手である


その何処から狙撃しているのかが分からぬ正確無比な狙撃から

彼は『白い死神』と呼ばれ、敵兵に恐れられていたという


そんな彼の愛銃はM28-30、モシンナガン

愛称「スピッツ(フィンランドでは「ビュステュコルヴァ」“立ち耳”の意があるという)」

ヘイヘは戦場に於いて最後までその銃で見事な狙撃を続けた


スコープも無い、リロード時間もかかるその銃で彼は300m先の敵の頭を狙い違わず撃ち抜いたという


それはヘイヘのずば抜けた狙撃の才もあったろうが、スピッツの候もあったのではないかと思う

ヘイヘは本当に大切に、国に寄贈する前まで丹念に手入れをして、大切にしていたという


それはもう、上官が話し掛けても疎かな返事をする程に


それ故、ヘイヘの狙撃銃・スピッツはこう称された


『花嫁』と-



-----------


シモ・ヘイへは慣れた手つきで、己の狙撃銃の手入れをしていた

汚れを綺麗に取り、あちこちと不具合が無いかと確認をし


そうして、愛銃であるそれをそっと自分の傍らに置き、ふと遠くを見遣り

また狙撃銃へを視線を戻すと……



そこには、女性が座っていた


それは豪奢な金髪を肩に流した、青い瞳の何とも美しい女性で

女性はヘイヘと目が合うと、にこりと微笑んだ


「…………」

「…………」

互いの暫しの沈黙の後

ヘイヘは思わず身構えた

何しろ、先程まで全く気配が無かったのだ


女性から視線を外さず、素早く装備のナイフを手にした

女性とはいえ、敵兵ではないかという可能性が強い

この様に気配無くテントに忍び込んで来るなどと


「ヘイヘさん」

女性は相変わらず柔らかな笑みを浮かべたまま、ヘイヘに語り掛けた

「私、スピッツです」

「……?」

女性の名乗りに、ヘイヘは怪訝な顔をする

名乗り、の様ではあるが何を言っているのだろうか、この女性は


そうして女性-スピッツと名乗った彼女が浮かべる柔らかな笑み

露出の多い衣服から見える美しい素肌、魅惑的な肢体


「…………」

ヘイヘは、察した


「…慰安婦は必要ありまセンが」

「いや違います」

ヘイヘの言葉に思わず首を大きく横に振る女性


(慰安婦ではない。それならばやはり)


ヘイヘは即座、女性の喉元にナイフを突きつけた

女性は出来るだけ殺したくはない

警告をし、捕虜となる事を勧めるべきであろう


「ちょ、待って下さい!!ですから私、スピッツですってば!!」

「……?」


喉元に突き付けられたナイフを見てあわあわと首を振る女性

揺れる金色の髪が輝き、美しい


だが、その様な物に見入っている場合ではない


(『スピッツ』……?)


その言葉にハッとして

彼女にナイフを突き付けながら、ヘイヘはちらと己の愛銃…『スピッツ』を置いた場所へ目を遣る

しかし、そこには何も無かった


「…………ワタシのスピッツを、何処へやったんだ」

「待って待って!刺そうとしないで下さい!!やめてやめて!!落ち着いて話を聞いて下さい!!」


ナイフを喉に突き付けられたまま、「スピッツ」と名乗るその女性はそっと己の胸に手を当て、感慨深い、といった様子に語った


「私は、貴方の狙撃銃です。ほら……モシン・ナガン…「スピッツ」……貴方が私をとても大切にして下さるので、お礼を言いたくて、お礼をしたくて…それで、人間の身体になったんです」

「…………」


ヘイヘの顔が「お前は何を言っているんだ」という顔になる

「……何でそんな顔なさるんですか」

「……精神病院ハ、だいぶ遠いデスが……案内しましょうカ」

「いや待って、変な人扱いしないで下さい。私の話をもう少し聞いて下さい」

いわゆるマジキチ扱いをされて慌てる女性

「取り敢えず早く、ワタシのスピッツを返しなサイ」

「いや、ですから……もうっ!」

スピッツと名乗る女性がプーっと頬を膨らませる

美顔の彼女が見せる膨れっ面はとても愛らしい


しかし、ヘイヘは素のまま女性を見ている。女性の容姿などは全く気にならない様だ

そんな、頑なな軍人の姿を見せるヘイヘに、女性は小さくため息をついた

「じゃあ……ほらっ!これでどうですか?」

突如、薄煙が女性の身体を包み込んだ


(-やはり、斥候だったか!)

迂闊、話など聞くべきではなかった。もはや躊躇は要らぬとばかり、ヘイヘが女性にナイフを突き立て様としたその時


女性が居た場所には、『スピッツ』が置かれていた

まごう事無きM28-30、モシンナガンである


「!?」

ナイフを持ったまま、ヘイヘが驚きに固まっていると

『スピッツ』はまた薄煙を纏い、再び女性の姿へと戻った


そしてにっこりと、また何とも愛らしい顔で笑って、長い金髪を揺らして見せる



「…………」

「信じて頂けましたか?」

「…………」

ヘイヘは、黙って頷いた

しかしその顔は苦い表情のままである


色々な事が目の前で起こり過ぎた。

愛銃・スピッツが女性の姿になるなどとあり得ない事だ


しかし、目の前で実際にそれは起こっている

これは夢か、それならばこれに乗ずるべきなのか

ならば何とも奇異な夢を見たものであるか


とりあえず、ヘイヘは女性-スピッツに質問を向ける事にした

「……ナゼ、女性の姿になったのか」

「その方が、喜んで頂けるかと思いましたので」

「………………男兵士として、共に戦場に立つとイウ意識は無かったのか」

「やだぁ、戦いに出る時は銃に戻らなきゃあ、ヘイヘさんのお手伝いが出来ないでしょ?」

もー、と世間話でもするかの様に笑って手をひらり、と振る女性-スピッツ

その様子や何とも朗らかで、可愛いものである

しかし戦場には全く似つかわしくなく

ヘイヘは思わず頭を抱えた

戦場と常に向き合って来たのであるから、無理もない反応であろう


そんなヘイヘの様子を気にする事も無い様子で、スピッツは己の両頬を包む様にして身を揺らして嬉し気に語る

「いつも、私の事を大切に……全身くまなく触って、綺麗にして下さっていたでしょう?私、本当に気持ち良くって、嬉しくって……だから、貴方の願いを叶えたいと思いまして」

「……願いを、叶えタイ?」

「はい!!」

スピッツは深く頷く

その白い頬はうっすら染まっている様にも見える

「何でもどうぞ!」

「何でもデスか」

「はい!」

語尾にハートマークでも付いていそうなスピッツの声


「デハ……」

ヘイヘはじっと、スピッツに視線を合わせて言った

「……銃に戻りナサイ」

「へ?」

苦く言うヘイヘに、きょとんとするスピッツ

ヘイヘは更に面持ちを苦くして言った

「何でも、と言うなら早く銃に戻りナサイ。もうすぐ戦場に出ねばならない。手伝いをしてくれるのダロ?」

「あ……あー……はい…」

それなら、とスピッツは理解しつつも残念そうな顔をしながらも急ぎその身体を女性から銃へと変えた


「…………」

ヘイヘは盛大な溜息を洩らして『スピッツ』を手にする

一応と、再度この大切な狙撃銃に異常などが無いかを確かめ、それを身に付けて敵兵を狙撃すべくテントを出た


『スピッツ』は己の身体にしっくりと触れている

その感覚や、もはや『花嫁』の様であり


狙撃ポイントを定め、身を包んだ白いコートで雪に隠れ

ヘイヘは、狙いを定めた


ふっ、と女性の姿であったスピッツの声が頭を過った

『全身くまなく触って、綺麗にして下さっていたでしょう?本当に気持ち良くって』


そしてふっと、スピッツの美しい顔と姿が頭に浮かび……


「…………」

少し、ほんの少し、ヘイヘが『スピッツ』に触れる手が震えた




「ヘイヘが狙いを外した!」

「珍しいな、何があったんだ……!」



後日

シモ・ヘイヘが狙撃銃『スピッツ』ではなく

サブマシンガンで敵兵を穴だらけにした、というのは


また別のお話-

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シモ・ヘイヘと花嫁 青沼キヨスケ @aonuma_kiyosuke

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