あゝなんと愚かな歴史

鈴木秋辰

あゝなんと愚かな歴史

「あっ…」


校門から蹴飛ばしながら歩いていた小石が道路の側溝に吸い込まれて消えた。


「お家まであと少しだったのに」


たかしくんは小石を諦めてトボトボと歩き出した。


気晴らしに蹴っ飛ばしていた小石が無くなったせいか憂鬱なことをまた考え出してしまう。


「テストのこと、お母さんになんて話そうかな」


気分が重くなるとなんだかランドセルまで重くなってくる気がする。


憂鬱だ。


けれどもとうとう家に着いてしまった。


「ただいまぁ」


靴を揃えて玄関から上がるとキッチンの方から声が聞こえる。


「おかえりなさい、テストはどうだった?」


お母さんは容赦がない、そんなにすぐ聞かなくてもいいじゃないか。


「うん、ちょっと待ってね。手を洗ってくるよ」


鉛みたいに重くなったランドセルを床に下ろすとたかしくんは逃げるように洗面所に駆け込んだ。


手を洗いながら考えを巡らせる。


言い訳をしてもどうせ怒られるんだ、思い切って突きつけてやろう。


キッチンに戻るとランドセルからプリントを取り出した。


それから少しでも心証が良くなるよう得意な国語を一番上にしてお母さんに差し出した。


「ほら、テストだよ」


「あら、ありがとう。流石、国語は満点に近いじゃない」


パラパラとプリントをめくる音が聞こえる。


俯いていてもお母さんの顔がだんだん曇ってくるのが想像できた。


むしろ国語は一番下に置いた方がよかったかも知れないな。


「ちょっと、良いのは国語ばかりじゃない。苦手な理科と社会も頑張りなさいよ!だからいつもゲームばかりしていないで……」




✳︎




お説教の末、次のテストで理科、社会を頑張らないとゲームを取りあげられてしまうことになってしまった。


けれどもどうしたものだろうか。授業はいまいちわかりにくいしわざわざ自分で教科書を読むのも億劫だ。


二階の自室へ入るとたかしくんはくたびれてベッドにばたりと倒れ込んだ。


すると机の上に置いてある手紙と小包が目についた。


「なんの荷物だろう。」


体を起こして包みを手に取ると一階からお母さんの声が聞こえた。


「そういえば海外出張中のお父さんから手紙とお土産が届いたから机に置いておいたわよ」


お父さんから!


たかしくんはさっきまでの憂鬱な気分も吹き飛んだ様子で大急ぎで包みを開いた。


『たかしへ 訪れた国の市場で面白いものを見つけたので送ります。』


お父さんからのお土産。


それはたかしくんにとっての一番の楽しみだった。


包みの中から出てきたのは一つのランプ。


それはなんだかとても古めかしくて表面はひどくくすんでいた。ランプは金色だがそこに輝きは無かった。


フタの周りには黒ずんだ窪みがあってかつては宝石がはめられていたことを連想させる。


手紙にはこう続いていた。


『露天の商人が言うにはこれは魔法のランプ。中には精霊が住んでいて、彼に呼びかけながらランプを擦ると精霊が現れて願いをかなえてくれるそうです。たかしの好きな絵本に出てくるものと似ているので気に入ると思います。』


手紙を読み終えたたかしくんはそのランプをしげしげと観察した。


なんだかお線香のような不思議な匂いがする。きっとお父さんが訪れた国の匂いなんだろう。そう思うとどこか懐かしいような感じもする。


たかしくんはこのランプの故郷である異国の様子に想いを馳せた。きっと日本よりも暑い国なんだろう。どんな人たちがいるのだろう。


すると、また一階からお母さんの声が聞こえた。


「たかし、お土産を見るのも良いけど勉強もちゃんとしなさいよー!」


たかしくんの空想の旅路は途端に打ち切られた。忘れていた憂鬱な気分が再びドロドロと心に溢れる。


「勉強なんて、やる気にならないよ」


ぐったりとした様子で再びベッドに倒れ込む。その時、視界の端でお土産のランプが一瞬光ったように見えた。


「そうだ!お父さんの話が本当なら精霊さんに願いをかなえてもらえばいいんだ」


たかしくんは早速ランプを抱えてベッドへ戻り、ふちに腰かけるとランプを擦りながら精霊に呼びかけた。


「精霊さん精霊さん。出てきて願いをかなえてください」


するとどうしたことだろう。ランプの口から青い煙がみるみる溢れ、だんだんと人の形に姿を変えてとうとう青色の大男になってしまった。


たかしくんが呆気にとられて茫然としていると青色の大男の方から口を聞いてきた。


「おいおい、今度はどこの国の王様かと思ったらただのボウズじゃないか。ボウズの願いを叶えるのは俺も初めてだ。ほれ、言ってみろ」


たかしくんは目を擦って、それから頬をつねってみた。


痛い。


どうやら夢じゃないらしい。


そうと決まればやることは一つだった。


「精霊さんぼくが理科と社会のテストで良い点を取れるようにしてください」


早速、願いを口にした。


すると今度は精霊の方がおどいた様子で尋ねた。


「テストだって?そんな願いでいいのか?俺はお前を王様にしてやることだって戦争に勝たせて英雄にしてやることだってできるんだぞ。なんでテストなんかにこだわるんだ?」


「テストが上手くいかないとお母さんに怒られちゃうんです」


「ははーん、だったらそのお母さんを懲らしめればいいじゃないか。ボウズの前の持ち主は弟王子で兄王子を殺して王様になる願い事だったんだ。復讐ならお手の物だぜ」


たかしくんは慌てて首を降った。


「そんなことしたらダメだよ、ぼくは理科と社会を教えて欲しいだけなんだ」


「本当にいいのか?戦争や権力に関係のない願い事は随分久しぶりだな。いや初めてか?」


精霊は諦めたのか願いに応じた。


「わかったよ、理科から始めるとするか。理科の何がわからないんだ?」


「うん、天気の変わる仕組みがよくわからないんだ」


たかしくんは教科書の天気のページを開いて見せた。


「ううむ、なるほど。こういうのは本で読むより実際にやってみるのがいいんだ。窓の外をみてみろ」


精霊とたかしくんは窓際に移動した。


「アブラカタブラ、ハッ!」


精霊が何やら呪文を唱えると、遠くに見える山々の上に次々と雲が集まって、それが街の方へどんどん流れてきてたちまち天気は雨になった。


「どうだ、雲が山にぶつかってそれが平地へ流れて天気が変わるんだ。これでわかったか?」


精霊の力を見たたかしくんはおおはしゃぎだった。


「うん!精霊さんすごいや。今度は社会を教えてよ」


窓にふちに身を乗り出して食いつくように外を見ている。


「いいだろう、社会は何がわからないんだ?」


精霊もおだてられて気を良くしたのかさっきよりも乗り気な様子である。


「うん、社会はね。歴史を覚えるのが苦手なんだ。昔のことだし何が起こったのかよくわかないんだよ」


それを聞いた精霊は目を輝かせながら答えた。


「歴史だって?任せておけ、俺は歴史が変わる瞬間に何度も立ち会ってきたんだ。専門家と言っても過言じゃないぞ、今回は退屈な願い事ばかりだと思っていたが俺も楽しめそうだ。」


「アブラカタブラ、ハッ!」


たかしくんは精霊が再び呪文を唱えたので何が起こるのかとワクワクして待った。


しかし、しばらく待っても何かが起こる様子は無かった。


「精霊さん、何も変わらないじゃないか。任せておけって言ったのに」


「そう焦るな、外に出るぞ。とびきりの歴史を見せてやろう」


「そんな、外はさっき精霊さんが雨を降らせたし、下に降りたらお母さんに見つかっちゃうよ」


「大丈夫だ。外はこれから雨どころでは無くなるし、君のお母さんはどうやらテレビのニュースに釘付けになっているみたいだ。見つからずに出れるぞ」


たかしくんは精霊に言われるがまま、階段を降りて外へ出た。


途中、リビングでお母さんが食い入るようにテレビのニュースをみていたけれどそれも精霊さんの力なんだろうか。


外に出ると何やら雨雲を切り裂いてなにやら光の塊が山の向こうの街へ飛んでいくのが見えた。


「精霊さん、あれが歴史なの?」


「そうさ、どの時代もこうやって歴史が始まるんだ」




✳︎




その時、お母さんはリビングのテレビが繰り返し告げる臨時ニュースに釘付けになっていた。


『……緊急です。繰り返します。臨時ニュースをお伝えしています。今から五分前、各国のミサイル装置が一斉に誤作動を起こしてそれぞれ発射されてしまいました。専門家の話によると、このままでは第三次世界大戦が………』


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あゝなんと愚かな歴史 鈴木秋辰 @chrono8extreme

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