桃
紫鳥コウ
上
ふつうに生きることしかできないのだと、桃子は、もう、あきらめていた。
あきらめていた?――なぜ、ふつうというものの、いとしさを、そんなふうにいうのだろうか。
その答えはあきらかだ。桃子は、ふつうのために苦しんでいるのだから。
桃子には、数えるほどの友達しかいなかった。だからこそ、その友達をたもとから手ばなしたくなかったし、彼女たちとのつながりを、ずっとまもりたいと思っていた。
しかし、桃子だけが、ふつうだった。
三年生――受験という一点のみで、いままでの関係がつくりなおされてしまう、おそろしい、ひょっとしたら、人生において、いちばんおそろしい、この時期に、桃子が形づくってきたほとんどすべてのものが、崩れさってしまった。
桃子は、ふつうだった。なにごとにおいても。
同級生のなかには、桃子とおなじくらいの点数しかとれない子たちが、いるにはいた。しかしその子たちは、勉強とはちがうところで、桃子よりふつうではなかった。
両親の愛が、桃子に与えられるのはもちろんだった――しかし、妹に贈られる愛は、桃子が受けとる愛より、おおきくてあたたかい愛のように感じられた。なぜなら、妹は、ふつうではなかったから。
桃子は、小学生のころ、「桃太郎」というあだ名をつけられた。が、桃子は、ふつうなのだ。なにかの物語に――ことさら、昔話に、けっして、登場するはずがない。このあだ名は、桃子がふつうであるということを、あざわらうもののように思われた。
桃子は、今日も、ふつうに駅へとむかい、ふつうに電車に乗った。寂しさがどこかにこだまする、冷たいいろの混みかたをしていた。これも、いつものことだった。
わたしは、だれかを好きになってもいいのだろうか――桃子は、そんなことを考えては、憂鬱になっていた。だれかを好きになっていいのは、そのだれかが、万が一、自分を好きになってくれるかもしれない、そんな、かけひきがあるときだけではないのだろうか。桃子は、つい、そんなふうに思ってしまうのだ。
なぜ、だれかを好きになるという、あつくて、こそばゆくて、にがくて、そわそわする感情が、わたしのこころに宿ってしまったのか。桃子は、泣きそうだった。
しかし、今日の桃子は、ふつうではいられなかった。
いつもの駅に、降りそこねてしまったのだ。
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