第2話 古い寺院
また目が覚めた。また飛んだ。
しかし、今回は覚えている。ついさっきまでの出来事だ。
不思議な部屋だった。彼は寝心地の悪い硬い植物で編まれたベッドに寝ていた。いや寝かされていた。暗い部屋だったが変わった棚に置かれた蝋燭の火が柔らかな視界をくれる。石の冷たい床とやけに高い天井は冷淡だったが、部屋自体は狭かった。
まるで異国に来たみたいと思うのは自分が赤ちゃんほど何も分からないわけではないからだろうか。
彼は起き上がるとベッドに座った。覚えているのはひどい嵐で視界もままならなかった絶望感。あの後村をすぐに出て林道を歩き出した。当てもなかったがあれ以上村には居たくなかった。何故かと言うと酷く破壊された村には至る所に村人や兵士の骸が散在していて、確実に女子供のものもあっただろう。見てはいない。しかし見るのが嫌だったのだ。
彼は木々の合間を彷徨い、雨風が凌げる場所を探し歩いて、やがて気を失った。
「気がついたかね」扉の向こうから声がした。何故扉の向こうの人物は自分が意識を取り戻したと分かったのだろう。「入るよ」
古びた木の扉が軋んで開いた。向こうからは初老の托鉢の男。眉毛が長くて太く真っ黒だ。その下の眼は大きくて切長で吸い込まれそうに真っ黒。鼻が低く目鼻立ちはこの地域のものではなかった。身につけているのは変わった形のローブで聖職者であるみたいではある。
「あなたが助けてくれたのですか」彼は自分がこんな声をしているのかと思った。
「助けたという程の事でもないよ。たまたま見つけただけだ」この建物の主は野太くて小さな声で言った。
「あなたはお坊さんですか」
「左様。異教だが。ゴザイと申す。お主は?」
彼は戸惑った。「私は分かりません。何も分からないのです」
「分からないとは?」
「記憶がないのです」
「なんと。記憶喪失か?」ゴザイの声が大きくなる。
「はい。多分それかと」
2人は沈黙した。会話に頓挫したのだ。お互い何を訊いたらいいのか分からない。
「どこから来た?いや、どちらの方角から?」ゴザイは彼が何者かを知りたい。異教徒であるから。
「私は倒れていた場所から程近い村から来ました。しかしその村にも見覚えがないのです」
「それはつまりつい最近記憶を失ったというわけかな」
「分からない。何から何まで分からないんです」彼は両手で頭を抱えた。
「無理に考えなさるな」ゴザイは彼に歩み寄り、手を差し伸べてなだめた。「ゆっくり思い出すがよろしかろう」
「すみません」
「休みなさるか、それとも食事でもなさるか。湯も用意出来るが」
「湯をいただきたい」彼は遠慮せずに言った。
「よろしい。ついて来なさい」ゴザイは軋む戸を開けて、来るように合図した。
その建物には立派な湯浴み場があり、木でできた壁に排水まで出来る様になっていた。薪を燃やして水を温められる様になっていて、恐らく手作りであるらしかった。
「ここは寺院なのですか?」彼は湯浴み場までの道すがらを見て言った。大きな講堂や食事場を横切って来たからだ。
「昔寺院だった場所を私が改築して住んでいる。辺鄙な場所にあるから誰も来はしないがね」ゴザイは湯浴み場の扉の向こうで答えた。
「終わりました」彼は十分身を清め、温まった。身体を拭いてズボンを履き、暑かったので上半身は裸で出た。
「良い身体をしているな。あなたは軍人ではなかったのだろうか」髪がびしょ濡れの彼を見てゴザイが言った。身体は少し浅黒く、少し巻き髪で周りは刈り上げてある。目鼻立ちは非常にはっきりしていて、ルーツがこの大陸の南にある事は明らかだった。
「軍人ですか……」彼は手拭いを頭に掛けた。
「まあ、何か食べなされ。大した物もないが」
「すみません」彼は振り向いて湯浴み場の戸を閉めた。
その時ゴザイは見た。彼の背中を。
刺青ではなかった。
資料でもあれば解読出来るだろうが、膨大な本の数になるので王立図書館にでも行かなければ無理だろう。
これは誰かに刻まれたのだ。こんな事をされるなんて只者ではない、とゴザイは思った。
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