第18話 ゲテモノ食いの主人


 ウサギというが、その実この生物は肉食なのだと分かったのは、ギースが皮を剥いで切って内臓を出して、さらにはその中身がポロリしたからである。


〈斬撃の魔術回路が組まれてる。ただの包丁にやる技術じゃない。曰く付きなのだろうね〉


 切れ味が良すぎる包丁はなにがしかの魔力を帯びているらしく、ちょっとかすっただけで切れてしまった。怖い。ギースが念入りに『調理中は隣に立つなよ』と指さしてきたのも納得だった。


 また驚いたのは、中身が………あの、恐怖の食人花だったってことだ。

 神様が言うにはこの花は生きている肉らしいので、肉食と言えるだろう。

 花肉かにくという言葉を思いついた。神様の顰蹙は買わなかったのでギャグセンスを磨いてみようか。いや上位存在的な笑いのセンスを信用しない方がいいか……


 それにしても全く溶けていないあたりこの花の生命力がわかるというものだ。


「気ィつけろよ、まだギリギリ意識がある。食われるぞ」

「ん~……」


 ぼくは向日葵のように開いた双葉のしなっているのを引っ張った。

 形からしてあの時のアレとは違う。口部分はザクロのように瑞々しく紅い。


「これ、食べられるかな」

「……、いや無理だろ。食人花ブレンシアだぞ」

「無理?」

「……………………」

「……出来ない?」


 首を傾げて、見上げる。

 ………だめ?


「………だーっクソ、やりゃいいんだろやりゃァ! 今回の主人はゲテモノ喰いかよ!」


 やけクソ気味に茶髪を掻いて、それからの行動は速かった。


 食人花をつまみ上げたギースは、それにポットの湯をぶっ掛けて洗う。職人技だ。動きに迷いはない。


 ぼくはこの、飯を作る人間の見せる動きが好きだったのだと思い出す。

 流れるような手捌きと、どんどん切り込まれていく食材の華やかさ、同時に生まれる音たちの饗宴。

 花弁がその付け根から捥がれて、茎はリボンのように薄く。血抜きをされたウサギは桃色に美しかった。


〈そうだね、これは、生ける美と評するしかない。〉


 神様は自分の前で誰かが料理をすることは無かったのだろう。これも残念なことだ、いずれはマグロの解体ショーなど見せて差し上げたい。


〈しかし、驚いたな……〉

〈何がですか?〉

〈彼のことさ。ギース・ダバクは、すぐ直前までブレンシアの調理を渋っていただろう? だのに、ゲテモノと言いながらもいまはだ! いったいどういうことだい?)


 料理人と話をする機会はなかったのかな。いや、ギースの様子を見るに、そもそもが少ないのか。


 味が染み込みやすくするためか、新鮮なウサギの肉全体を針で刺しているギースをちらりと見る。食人花だったはずの物体に、今やその面影はない。


 かれら料理人の料理への想いというものは、凄まじい熱意を持っているのだと思う。つまりは意地とか、誇りってやつ。


〈プライド、か。それを刺激されて、彼はキミに手玉に取られたというわけだね……〉

〈人聞き悪いですねえ、ギースも暇があったらやってましたよ、多分〉


 未知の“食べ物”に興味を引かれるのは、料理とごはんが好きなら当然のことだ。


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