序章  神様とぼくとトウモロコシ

第1話 ぼくと神様


 キミ、聞こえるか、そうキミだ。

 簡潔に聞こう、キミは、神様を信じるかい?


 ――と、それが。ぼくの走馬灯の最後の一ページに割り込んできた自称神様とぼくとの、ファーストコンタクトであった。



 *****



 ぼくの目の前には世にも美しい男がいた。

 羽のように長くつやのあるブロンドヘアーは波打って、真昼の砂粒のように肌が光る。到底無駄な部分がなくシャープな輪郭は長く雪に埋もれる丘陵のよう。

 均一なつくりに退屈になってしまうかと思えば、刷毛はけのごとく長い睫毛や薔薇の唇が、芸術家がわざと残した筆致の美しさを見せつけている。


 ……と、顔面偏差値にステータスの八割を割り振ったような男だ。ちなみにあとの二割はスタイルである。性格と声は……話してみないことにはわからない。

 第一印象を引きずるのは馬鹿のやることだぜ、なんて好きな映画の主人公が言っていた気がするし。


 しかしまあ、なぜちゃぶ台と古き良きガスコンロなキッチンがあるのだろう、と思うのは許されたい。


 ぼくのいる大地は──そう、大地なのだが、これはおそらく雲というやつだった。いつかテレビで見たネコ型ロボットがスプレーで固めて作ったアレ。


 広大に広がる雲と空の中にぽつんと、六畳間くらいのスペースだろうか。ぼくと、ちゃぶ台と、その向こうに絶世美人とキッチン。ぼくの服装は家を出る前のそれ、つまり学ランなので、コントラストで現実感がない。


「すみませーん、あの……そこの美人さん、起きて~~……」


 ぼくはどう問いかけるかを数秒迷って、彼の最大の特徴を(間抜けながら)口にする。

 長いまつ毛が瞬くのが蝶々の羽ばたきの様だった。


「ん、……ンン? ……おぉ! 無事来ることができたようだね」

「ええっと……?」

「すまない、紹介が遅れたな。ワタシは wà nǔ nyi dò กินไปหน่อย na cala thần lớn。神様さ!」


***


 声を聞き、数秒遅れて理解をする。

 ───神様。確かに彼は神様と名乗った。奇想天外で信じられないことだが、どうしてだか、ぼくはそれに納得をしている。

 なので、半端に口を開いて頷きかけるという、曖昧な返事になってしまった訳だが。


「むっ、反応が薄いぞ」


 その名前がそもそも聞き取れないものであるだとか、もう一つの特徴である服装古代ギリシャの人たちが用いていた巻き布キトンを着ているのがそれっぽいだとかいう、具体的な話ではなくて、もっと本能的なものだと思った。


「いえ、ああ、そうなんだなあ、って感じで……、変ですよね」


 別にこの……名前が理解できないので神様としよう、神様は、ものすごく神々しいわけでもないし、白毫が生えているとか後光が指しているとかではない。だが、ともかく“そう”なのだと……ぼくの思考の底にあるなにかが確信している。


 そういったことをつらつらと述べてみれば、神様は嬉しそうに頷いた。


「いいや? 文明人に見えるが、ワタシを正しく認識出来るとは、なかなかに有望だとは思うね」

「正しい……、別の姿で見えることもあるってことですか?」

「そうだ。人種や持っている文化によっては、ワタシを見ることができなかったり、悪魔を見たり、理想の女に出会ったようになる。厄介な性質さ」


 ぼくは特段変わった生まれではないと思っていたけども、神様からすると思うところがあるらしい。思い返してみるとあの走馬灯の最後に出てきたときから彼はこの姿をしていた。生まれながらに、相性が良かった……ということなんだろうか。


 何度か彼が頷いているうちに、キッチンに最初見た時にはなかった、あるものが現れる。黄色くて長細い、楕円状の……


「……あれは?」

「ふふん、気分がいいのでキミにとっておきを振る舞ってやろうとね」


 超絶美形のウインクとはこうも破壊力が高いものかと戦慄しているうちに、彼は肩ほどまであるブロンドを軽く撫でおろしてから立ち上がった。


 それにしても、と前置きをして話す神様は、しみじみとぼくに話しかける。


「ワタシとここまで者が訪れるのは久々だよ」


 若干フレンドリーになっているように感じるのは……気のせいではなさそうだ。

 彼はそのままキッチンへと向かう。コンロと、剥き出しの台、どこに繋がっているのかわからない謎の換気扇の元へ。


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