幕間
母の主が暮らす後宮の
綺麗な布も、可愛い小鳥も、優しい
でもただ一人、その中心に居た人が自分を置いて行ってしまった。それだけで全てが色
『――あなたのお父様の名はジダール・イーリス』
その父にあえば穴は塞がるだろうか。あらゆる音が素通りするこの胸にあいた。
『――以前のように笑っておくれというのは
母が仕えたその人は言った。自分も泣きはらしたまぶたを化粧で隠して、強くわたしを抱きしめてくれた人。
『妾の踊りを見たがっている者がいる。ただ妾が直接行くと何かと角が立ってしまうところでね。妾の名を隠して代わりに行ってほしいんだ』
母から習った踊りは辛くてしばらくやっていなかった。正直気は進まなかったけれど、誰の役にも立たず塞ぎこむだけの日々ももう嫌だった。
その
――――。
「それだけじゃ、なかったんですか」
まばゆいばかりの照明だけが残るステージ。そこに立つその人と対峙する。
「礼を言うよ、可哀想なシャラ。お前は妾の思うとおりに立ち働いてくれた」
「質問に答えてくださいっ!」
怒りだった。かつてこんな感情を誰にも向けたことは無かった。薄汚れた路地に長く長くひびいたあの子の悲鳴が耳にこびりついて離れない。
「そうさな、たとえばここに一本の若木があるとしよう」
その人は子供に教えるように柔らかな声で言った。
「充分に栄養をあたえられ、枝一本にいたるまで剪定された美しい木だ。それを半ばで伐り、別の枝をさし
「何を……」
それが何か恐ろしいことの隠喩に思えて冷たくなった腕を抱く。
「木はそこで断面同士を繋げて枝をのばし実をつける。差し継いだ樹種の実をな。妾がお前に託した役目はつまるところその接ぎ木のようなもの」
穴を塞いでくれるなら誰でもよかった。ただ血のつながりがあるらしい父親よりも、自分を案じて手を引いてくれた少女に惹かれただけ。
「優れた術理はどんな台木にも癒合する。寂しがりのシャラ、お前が誰によりかかろうと妾の種子はあの女の杖流を脅かしたろう。だが妾の言いつけを守ってくれて礼を言うよ。もっとも才能ある娘にしがみついてくれてね」
それが今、あの子を傷つけ苦しめている。
「どうして! 優しかった主様がこんな……!?」
いつもそうだ。女手一つで自分を育ててくれた母。その身の負担にさえ最後の瞬間まで気づけなかった。能天気に満ち足りた幸せを当然のものとして過ごしていた。なんの疑いも抱かずに。
「優しくするともさ。お前は妾の種を運ぶ大事な枝。憎いのはただ一人、妾をこんな惨めな姿へ落としたあの女だけ」
これは罪なのだろうか。母から受け継いだ踊りを支えに自分の場所を探そうとした自分は、同じく後継として立とうと努力するあの子とどう違うのだろう。
どうして逆じゃなかったのか。自分が傷つけられた方がよっぽどマシだ。こんな思いをするくらいならいっそ。
「……主様、お願いがあります」
「ふむ、聞こうとも。お前は充分に尽くしてくれた。どこなりと望む場所を与えてあげよう」
「なら――」
自責と後悔におぼれながら、それでも何かに掴まろうともがく。
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