3. 押しかけ帰省、知らない養子
「それ以上の立ち入りはまかりならん!」
頭、胸、そして四肢。すべてに狙いが定められていた。
土塀をぐるっと回りこみ石積みの門をくぐった先のだだっぴろい前庭で、エレベアを待ちかまえていたのは五、六人の魔杖士。ジダールの門下生だろう。イステラーハが師範だったころからの顔ぶれもチラホラいる。もしかしたら全員がそうでエレベアが覚えていないだけかもしれないが。
「出迎えご苦労さま」
だが、当のエレベアがすうっと端から端まで眺めまわせば顔色を失わない者はいなかった。
「最初の石を抜くのはだれ?」
慣用句で
「待って~エレベアちゃん~」
包囲がほころぶわずかな気の乱れ。そこから破り散らかそうと前傾したエレベアは動きを止めた。二本の中杖を担ぎなおすと、声のした方を振り仰ぐ。
「なんだ、貴女がいたの」
掃き清められた前庭を囲むように建つ回廊つきの二階建て。そのちょうどエレベアがくぐったアーチの上から、黒い
「ごめんってば~挨拶が遅れちゃって。エレベアちゃん急に来るんですもの~」
「ハ、
ユディウ・イーリスはジダールの妻にあたる。彼女とは
ただそれはそれとしてエレベアは彼女が好きではなかった。
「そんなことありません~主人の留守をまもるのが妻のつとめですもの~」
「は、何それ、お義兄さまが逃げる時間稼ぎ?」
白い肌にはえる
「ほ~んと~うですぅ、もうず~っとお城に出ずっぱり。ま~いいけどね、ユディウ的にはべつにぃ」
上がれば?と拗ねたように背けられた顔に肩をすくめて、エレベアはハズレを引いたらしい事実にひっそり落胆する。
「遠慮しとくわ、嘘はついてないみたいだし。退屈そうでけっこうね」
「ホントによ~」
「ところで、おばあ様のことは何か聞いてる?」
大した期待はしていない。ユディウは男性中心主義を絵にかいたような妻であり、それゆえ一周回って夫のジダールを家の屋根、柱くらいにしか見ていないフシがある。
案の定、人差し指をあてられた唇からでてきたのは気の抜けるような答えだった。
「わっかんない~ユディウ、お母様のことちょっとニガテだし。王様に怒られてるって聞いたけど~」
「そ、お邪魔さま」
完全に興味を失って屋敷を出ようと身をひるがえしたとき。
「待て、
背後から声があった。視線をもどせばユディウのちょうど対面から見下ろす影がある。彼はまるで宙に床があるように二階の回廊から駆け跳んだ。
『――
クラブを挟んだ両
「ハイサム・イーリスだ。お初にお目にかかる」
「エレベアよ……イーリス?」
ぴくりと眉をあげる。親族にしては覚えのない顔だ。
油で撫でつけた赤髪は後ろへ流されていて、整った
だがイーリス門下でその使用が許されるのは、中魔杖を極め最高位を得た
「ハイサムはねぇ、私たちが養子に引き取ったの。ほら~子供がいなかったでしょう?」
「養子ぃ?」
思わず眉をひそめる。目の前の青年とユディウの年齢差はいいとこ十歳だ。ジダールとならまぁ、相応という気がしないでもないが。
「わが母上への
ハイサムはすっと腕をさげたまま半身に構えた。涼やかな目元が一瞬、階上のユディウへ向けられる。
「きゃ~ハイサム~! いいのよ私はぁ」
(お義兄さまも
わずかに同情して切り替え。
「……本人はああ言ってるけど?」
「構えろ、これは息子としての
「相手も見ずに喧嘩を売るなんて、大したお子様ね」
背後はすでに他の徒弟たちに固められている。仕方なくこちらも両腕を垂らして構えた。杖三本のうち、
「知っているさ。エレベア・イーリス。イステラーハから
ひくり、とこめかみが震えたのを凶猛な笑みで隠す。
「犬?」
「そうだろう、先王の
「おばあ様を侮辱したわね、お釣りがでるわよ
「ま~! 失っ礼しちゃう~! ハーちゃん、遠慮しないでいいからね~!」
「ハーちゃんん?」
「無論です母上」
二人はほぼ同時にクラブの頭を五指で包む。トスの前動作だ。
「あらためて名乗ろう。
「ハッ、ニセモノの
低い
『――
人体にそなわった『力の言葉』を描くことができる線を
足の二本へ
「遅いってのよ!」
膝上から変化した
刹那、チラリとこちらをみたハイサムが手にしたクラブでまだ宙にあるもう一本を打ち払った。
「チ!」
あやまたず顔面へ飛来するそれをのけぞってかわしざま、迫るハイサムへ差し伸べた腕にクラブを
限界まで下へ向けた視界の端で、ハイサムが曲げた
『――
『――
吹き消す風と燃え上がる炎。魔法と化した両者の片腕が交錯しオレンジ色の炎風となる。
たたらを踏んで離れたのはエレベアだった。互いの腕がわずかなタイムラグのあとハイサム、エレベアの順で回帰する。
(火元を狙われた、感覚が甘い!)
「安売りされたのはどっちだ、うす汚れた狂犬」
「アンタでしょ、舐め犬」
負傷を悟られれば畳み掛けられる。平然と言い返すと、ハイサムの太い眉の片方が跳ね上がった。
「品もなくよく回る舌め」
回収したクラブの片方を突き出したままエレベアの側面へ回る。当然エレベアはさせじと同じく横移動を行うため二人の軌道は円弧を描く。
つ、とエレベアの頬を汗がつたった。
「シィ!」
手首のスナップだけで飛んでくるクラブ。それは互いの間合いの重なるギリギリ内側へとコントロールされている。
「っこの!」
意表をついてエレベアは、かばった右腕でクラブを投げた。標的は今まさに投じられたハイサムの杖。
空中でぶつかった二本のクラブは弾け、それぞれあさっての方向へと跳ね返る。だがそれは仕切り直しを意味しない。
「笑止!」
「こっちのセリフ!」
ただ後手にまわったハイサムより仕掛けたエレベアのほうが一拍速い。すでに踏み込みは変化したクラブの軌道をまっすぐに目指している。しかもただのキャッチではない。
『――
目いっぱい全身で伸ばした左腕に
『――
『っ――
力の紋様を描くのが早ければ詠唱によるイメージの強化に時間を使える。一節と二節の魔法では出力で倍ほどの差が出る。ましてやこちらは一本が質量のある中魔杖だ。
打ち合いは不利と悟ったかハイサムが右腕を鳥翼へと変化させた。
(イメージは散弾、意識を浅く広く!)
エレベアを避けるように晴れる砂塵。低く引き絞った右拳の先に、寸前こちらを向いたハイサムの下半身をとらえる。
「二度と使えなくしてやるわッ!」
一歩引いた相手を追い打つ急所突き。その瞬間に。
「っか、は……!?」
ゴッと重い裏拳がエレベアの側背を
さらに悪いことにハイサムはもう一本クラブを残していた。
『――
「きゃ、あああッ!」
「こ、のペテン師……ッ!」
根性で絞りだした罵倒は自分でも真意のよくわからないもの。
痛みで視界が暗くなり、エレベアは失神した。
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