メズィス魔法国御前試合~雪華の竜にさよならのキスを~
みやこ留芽
序幕
――
数秒前までの自分に毒づいて、女はかぶっていた砂
左手には見渡すかぎりの砂漠。右手には砂丘。気まぐれな嵐が盛り上げた山脈の、その
仰ぎ見た砂の傾斜上に一つ、夕日を背にして小柄なローブ姿がこちらを見おろしている。
「残念ね、その
――偉大な仕事だと思っている。
たとえ歴史の陰から闇へと消える英雄
長らく
女は荷物を降ろすと担いでいた細長い包みを解く。
見かけは変哲もない木でできた
「やる気? ふぅん、盗賊
さふ、と少女の足がなだらかな坂を下りはじめた。まるで体重がないようにその足元は沈まない。
『――
小さく口の中で唱える。ふっと右肩から先が熱くなる心地がした。
追っ手の言う通り使い方は分かっている。これを手に入れたとき現地の協力者から聞き出した。もっとも街の
『――燃え盛るものよ、灰に帰すものよ、正邪を
言葉を重ねェんだよ、とあの男は言った。
杖と四肢で文字を
女はすでに道中で数度、砂の海を渡るためにその力を試している。
ぼう、と肩から先が
「…………ぷっ」
「アッハハ! そんなご大層な魔法で何と戦おうってわけ? ウッケるんだけど!」
挑発と断じて無視。
集中を切らせば即時に魔法が霧散することは確認済みで、相手の言動もそれを狙ってのものに違いなかった。
(ここまで呪文は四
更にもう一節。それで相手は射程の内だ。同時に仕掛けられたとしても先制できる。威力でも射程でも先に唱えたこちらが有利のはず。
『――天を覆い……ッ!?』
口を開いた
『――
女が即座に魔法を
直前、少女の細い足が後ろ蹴りに何かを跳ね上げ。
(……杖!)
まさか武器を手放すわけが、と一瞬目で追ったのが悪かった。
短く両端がふくらんだそれが大きな放物線で飛んでくるうちに、少女は砂丘の斜面へ垂直に立ち駆けていた。ありえない、人外のスピードだ。
真横へ振った照準が間に合わない。炎の腕はムチのようにしなり先端が到達するまでに遅れがある。
『――
薙いだ炎剣を少女はさらに低く坂を転がるようにかわす。
四つ足に手をつくとさらに前転、気付けばその丸まった背中は女の足元にあった。
どふ、と忘れたころに落下した短杖をさらに手にしたもう一本で押さえ。
(二杖流――!)
『――
十字に組まれた杖が燃え上がる。大きくも長くもないその熱柱はしかし女の気道を
「こう使うのよ、ザーコ」
息のできない苦悶に
『――短い杖を二本持った魔杖士に気をつけろ。ソイツらは国でも頭ひとつ抜けてヤバい、王の敵に容赦のねェ人殺し連中だ』
炎より
「は……は、ゲホッ!」
思わず笑ってしまう。なんだそれは、痴女か。
灰白色の肌がむき出しの腕と
輪状にまとわりつくだけのフリルスカート。そこにかかった銀の小瓶を一口あおって「ひくっ」としゃくりあげた少女は。
「……どうせ死ぬわ、情けをかけてあげましょうか」
一転して静かな眼差しで提案する。
――あぁなんだ、
女は別の理由で笑みを深くした。それは
「ゴホッ、……っい、きがるなよ、半、端者。許して欲しいのかぃ」
「っ」
燃え切った灰のような肌に火が灯る。
――いい反応をするじゃないか、
かつて自分もこんな時分があったかと思う。
もはや仕事のことは考えの外だった。そもそもがこの術を母国に持ち帰ったとして、黄金路を手に入れれば他の国が黙っていないだろう。女も戦争政争で身をすり減らすのはもうそろそろ勘弁願いたい年頃だった。
『――
ただ、心残りがあるとすれば。
(教えてやりたかったけどね、あんたたちは英雄の子だよ、ってさ)
紅蓮の炎が女の全身を焼く。
強く蹴り上げられた砂がそれに混じった。
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