第5話 混ざり合う ④
段々と自分の頭の中の整理がつきそうになってきたが、わからないこともある。
確か、一番最後の記憶は、他国からの交易で渡ってきた苗や種を見る為に、この辺境で一番大きな都市、マーチカヴァへ行った帰りの荷馬車だったはずだ。
しかし、肝心な記憶は曖昧で、大きな音と暖かい体温と、安心する匂いしか思い出せない。
だが、…だがそうなると、そうなると……。
思い出そうとしても、嫌な予感しかしなくて身体が自然と震えだす。
「ソルトちゃん!大変!震えているわ!」
ミリーさんが焦ったように僕を抱き締めた。
「ソルトちゃん、嫌なことは、今は思い出さなくていいのよ。
起こった「事実」として認識して、後で少しずつ受け止めていけばいいの。
まだあなたは子供なのよ。急に色々受け入れるのは無理よ。」
「事実として…?」
「そうよ。
ソルトちゃんの心にも、みんなの心にも受け皿があってね、それぞれ容量は違うんだけど。受け止めきれなくて溢れたり、壊れたりすると、人はそれに耐えれなくて病んでしまうの。
心の病の方が、怪我なんかよりも治すのに時間もかかるし、大変なのよ。」
ミリーさんの下がった眉に、この明るい人にも色々あったんだろうか…と思った。
「明日、ハワードから色々説明があると思うんだけど、全部受け止めるのは辛いわ。
ソルトちゃんが聞けるようになるまで待ってもいいのよ。私達はいくらでも待つから。」
ミリーさんは抱き締めていた僕を放すと、目を合わせながら頭を撫でてくれた。
そのミリーさんの顔が、父さんと母さんの顔に見えた。僕の頭を撫でながら笑っている顔に。
父さんと母さんの守ってきたものを、爺ちゃんの残したものを、僕に守れるだろうか。
僕の目がカッと熱くなると、父さんと母さんの顔が滲んで、その顔がだんだんミリーさんの顔に戻ってしまう。
「父さん、母さん、僕は守れるでしょうか。みんなが大事にしてきたものを、守れるでしょうか……。」
「…ソルトちゃん、大丈夫!みんながソルトちゃんの味方よ。いつでもここに来ていいし、何でも話して頂戴!」
ミリーさんは、僕の流れた涙を自分のエプロンで拭いながら言った。
「ミリーさん、聞きたいです。あの時どうなったか聞いておきたいです。
受け止めることはまだできないかもしれないけど、『事実として』聞いておきたいです。」
受け止めれなくても、今は『事実として』知るだけでもいい。
あとで知らないで後悔するよりも、知って後悔しよう!僕は、腕で涙を拭いてそう伝えた。
「わかったわ。ハワードにもそう伝えておくわね。でも、もし無理だと思ったらいつでも言ってね。」
ミリーさんは、頭から手を離し、布団を握りしめていた僕の手に重ねて、ぎゅっと握った。
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