果樹園でスローライフ生活希望!

春富士 蒼恣

プロローグ

「じゃあ先に行ってるな。」


「はい。私も後程手伝いに参ります。」


「ああ、よろしく頼むよ。」


 レイスに声をかけ自宅から外に出ると、昨日よりも幾分か空気がひんやりとしている気がして、なんだか身が引き締まったように感じた。


「よし、今日の収穫も頑張らないとな。」

そう独りちて、果樹園に足を向かわせる。


 途中で合流した番犬らしくない犬2匹と、俺のだと信じて疑わない小鳥のチーと一緒に果樹園に着くと、収穫作業の準備中だったみんなが顔をあげた。


「ソルトさん、おはようございます。」

「ソルトおはよー!」

ざわざわと聞こえてくる挨拶に、俺もおはようと返し、みんなに聞こえるように腹に力を入れ声を張り上げる。

「よっし!今日の収穫は王桃おうとうです。よろしくお願いします!」



 目的の果樹に近づくに連れて、ほんのり王桃の香りがしてきた。

木を保護するための半透明のドームに近付き、手を入口横の四角いセンサーに置く。

手のひらが一瞬暖かくなり、ウィーンという動作音がしたあとに、カチッと入口のロックが解除される音がした。

 中に入ると、この果実独特のさわやかだが甘くて濃厚な香りが充満している。


 今年は豊作だ!


 ほんのり光っているように見える王桃を、みんなで協力して収穫していく。

ここまでくるのに本当に苦労したなあと感慨に耽っていると、少し空が陰ったような気がした。雲が出てきたかと思ったら、ドームの上方からコツコツと音が聞こえる。


 上を向くと、大きな鳥がドーム外側の上部に止まり、ドームを嘴でつついている。

来たな、と思いながら、みんなに声をかけた。


「ゴンが来たから、ちょっと外すわ。暫く頼む。」

みんなが了承したのを見て、ドームから外に出る。もちろん、王桃を山盛り入れた籠を持って。


「ゴン、やっぱり来たな。今年の王桃のできは良さそうだぞ。」

そう上に向かって声をかけると、うっすらと発光している黄金色の羽毛を持つ、大きな鳥がこちらに降りてきた。


御主おぬし、何度も言うように、わしをそのような名で呼ぶなど…」

ぶつぶつと文句を良いながらも、ドーム横の広場に置いてある休憩用のテーブルに一緒に向かう。


「名前が無けりゃ、呼ぶ時困るだろ?

 気に入らないなら違う名前にするか?じゃあ金ちゃんとかどうだ?それとも…金太郎とか?」

赤い腹掛けを付けたゴンを想像し、流石にそれは無いかと思いながら答えると、

「金ちゃん!?それならゴンの方がまだ良いわ。おまけに最後の名前はなんだ!なぜだか呼ばれると不愉快になるぞ。…もしや、不吉な名前ではあるまいな。」

眉間に皺を寄せ、嘴の端を歪ませた。鳥なのに表情が豊かなのが不思議だ。


 持っていた籠を机に置き、王桃を一つ手に持つとゴンに差し出す。

「今年初収穫の王桃、一緒に食おう!また感想も聞かせてくれ。」

変な想像したのがバレたのかと焦ったが、王桃を見て誤魔化されてくれたようだ。


 柔らかい皮ごと一口齧ると、口の中で皮も果肉もとろける。甘い!

鼻から抜ける濃厚な香りが、顔中に染み込むようだ。

 …思えば、なかなか芽が出なくて、何度も諦めそうになったな。

昨年、王桃に初めて実がなり、試行錯誤してやっと食べられるようになった。

これまでの苦労が、この一口で癒された気がする。


 やっと、やっとだ。

 …やっとここまで来た。

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