案内
「ほぇ~」
歯磨きを終え、二人で歌舞伎町の町に繰り出した龍と虎白だが、虎白は町並みを見て、目をキラキラさせていた。
歌舞伎町は基本的に夜の町だが、昼間も休むわけではなく、今では昼間は昼間で熱気のあるきらびやかな町となっている。
「色んな店あるね~」
「歌舞伎町って言うと夜のイメージが強いが、実際は昼間にもこうやって色んな店がある」
龍はそう説明していると、虎白がキョロキョロと周りを警戒。そんな様子に龍は少し笑い、
「安心しろ。こんな人通りが多い上に、昼間の表で仕掛けてくるほどバカじゃねぇだろ」
「そうなの?」
「あぁ、勿論その辺から裏路地に入ってくと危ないが、表をこの人通りの中歩く程度なら大丈夫だ」
まぁそういいつつも、龍は周りに気を配る。虎白には余計な気を使わず、折角来たこの町を楽しんでほしかった。
「妈妈もこんな景色見てたのかな」
「さてな」
虎白の母親が歌舞伎町にいたとは限らない。日本だって町が多いのだ。
「ねぇリュー。あれはなに?」
「あれは某牛丼チェーン店」
「じゃああれは?」
「あそこはパチンコ屋」
「あれは?」
「ソープランド。格安のな」
「あれ!」
「キャバクラ」
「こっちは!」
「ラブホ」
後半の質問に、狙ってる訳じゃないよな?と思わず龍が思っていると、
「じゃああれは?」
「たこ焼屋」
「たこ焼?」
「たこ焼を知らないのか?」
なら折角だし食わせてやるよ。と言いつつ、財布からお金を出しながら店に向かうと、
「おや、龍じゃないか」
「ん?あぁ、
そこに現れたのは、和服に身を包んだ綺麗な女性が歩いてきた。
「姉さーん!待って下さいよー!って龍の兄貴!お久し振りです!」
「おいおい。舎弟頭になったってのにそんな情けない顔すんじゃねぇよ。大地」
すると同時に、後ろからまだ下ろし立てのスーツを身につけた若い男が走ってきた。
「リュー知り合い?」
「ん?あぁ、この女性は
「若くて美人だね~」
虎白は感心しながら那海を誉めると、彼女も気を良くしたのか、
「ふふ。ありがと。お嬢ちゃんも中々可愛らしいじゃないか。龍とデートかい?」
「うん!」
うんじゃねぇよ。と龍は虎白の脳天に軽くチョップをいれて、
「んでこっちは辰巳 大地。今言った三界組の舎弟頭で……」
「龍の兄貴の子分です!」
ビシッと敬礼しながら言ってくるもんだから、虎白はポカンとして、
「じゃあ龍も三界組の仲間なの?」
「んなわけあるか。俺は生まれてこの片ずっとカタギだよ。こいつとはちょっと色々あって、勝手に古文名乗ってるだけだ」
んなこと言わないでくださいよ~。っと大地は龍にしがみついてくるが、こちらとしてはヤクザの人間に兄貴扱いされるなんて、厄介なことこの上ない。
お陰で自分をヤクザ者だと勘違いする人間も今みたいに少なくないのだ。
「しかしこの子はどうしたんだい?店から逃げ出したのを助けたとかかい?」
「いやこの子は別件。何でも母親の親族を探して中国から日本に密航してきたらしい」
「母親の親族を?」
「あぁ、何でも母親が亡くなって、その事をちゃんと伝えたいらしい」
そいつは見上げた根性だねぇ。と那海は笑い、虎白の頭に手を置いた。
「面白い嬢ちゃんじゃないか。名前は何て言うんだい?」
「フーバ……じゃなくて、虎白!」
いい名前だ。と虎白の頭をひとしきり那海は撫でると、
「見たところそこのたこ焼きをご所望かしら?」
「えぇ、折角ですし日本の食べ物に触れさせようかと」
そうかいそうかい。と言いながら那海は懐から革製のいかに高そうな財布から万札を抜き、
「ほら。これで買いなよ」
「いやいや姉さん。俺だってちゃんと働いてるんだ。こいつにたこ焼きを買う金くらいありますよ」
「なんだい。それじゃアンタは私に出した手を引っ込めろって言うのかい?」
そんな情けない真似はさせないでくれよ。と言いながら、那海は万札を龍の眼前につき出す。流石にここまでされたら、断るのも野暮と言うやつだ。
「分かりました。ありがたく使わせていただきますよ」
「あぁ、それでいいのさ。それじゃいくよ。大地!」
「へ、へい!」
そして龍が金を受けとると、那海は大地を連れていってしまった。
「凄いね~」
「三界組の組長……天空さんって言うんだが、今じゃ珍しい義理と人情で生きてた人でな。そのカリスマで一代にしてこの歌舞伎町でも有数の極道組織を作り上げた人さ。半年前に亡くなっちまったがな」
「え?」
龍の言葉に、虎白は唖然とした。
「一年前にとある海外のマフィアがこの町で好き放題しはじめてな。あっちっこっちの組織がぶつかって戦争が勃発した。その際に三界組は組長の天空さんを筆頭に幹部が根こそぎ亡くなってな。ただ天空さんが色々圧倒的すぎて、後任が決まらず代理で那海姉さんが組長を代行してるが、上手く纏まってないようだ。補佐役の大地もあんな状態だしなぁ。あれじゃ俺より若いのを差し引いても舎弟頭に行けたのも人数が減っちまった故の奇跡だな」
大地がもっとしっかりしてればなぁ。何て虎白に愚痴ってどうすんだと思い直し、龍は咳払いを一つしてると、
「でもダイチって人あのお姉さん好きだね」
「は?」
突然の虎白の言葉に、龍は何言ってんだ?と固まってしまった。
「好きって……男女的な?」
「うん。今行くときも好き好き~ってオーラが出てたよ」
「んなバカな。あいつにとって那海姉さんも、ましてやその夫である天空さんも親みたいなもんだ。そんな人にそう言う好意は向けねぇよ。全く」
「親みたいなもん?」
「あぁ、大地は親がロクでもないやつでな。荒れてたんだ。そのときに俺とか天空さんに出会って、今みたいになった。あいつにとって天空さんは恩人でもある」
親かぁ。と虎白は首を捻ると、
「そう言えばリューの妈妈と爸爸は?」
いきなり話飛んだな。と思いつつも、龍は少しだけ悲しげな笑みを浮かべ、
「死んだよ」
「あ……」
やってしまった。と言う顔を虎白はする。そんな虎白に龍は、
「そんな顔をするな。もう過ぎたことだ」
と言って虎白の頭を撫でてやる。すると虎白は、
「辛かったよね。だって私も妈もだけど爸爸が死んだ時も辛かったもん」
「……そうか」
こいつは父親も失ってたのか。そう思うと胸が痛む。だって自分は……
「辛くなんかなかった」
「リュー?」
思わず唇を噛むと虎白が顔を覗き込んできた。それに思わずハッとして、
「す、すまんすまん。取り敢えず……買うか」
「うん!」
龍は笑顔を作って、虎白を連れて歩き出す。辛い?そんなわけない。あのとき自分の心に満たされたのは後悔じゃない。
満足感だ。興奮していた。父が死んだ時自分は嬉しかった。いや、違う。死んだ時、というのは正しい表現ではない。正しいのはそう。
父親を殺した時だった。
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