保護

バウンサーとは、ざっくり言えばBarやクラブでの用心棒だ。


入り口で年齢確認や、店内で酔って暴れる客の鎮圧等を担当し、海外ではメジャーなのだが、日本ではまだマイナーな職業。まぁ日本の場合ケツモチと言って、ヤクザ何かがそれに近い役割を担っていたので、浸透しにくい文化だったのかもしれない。とは言え最近はそれなりに浸透してきてはいた。


しかし、このバウンサーとはその性質上かなり大きな店にいることが多いのだが、この火月という店はかなり小さい。更に言うと酔って暴れる客も来ない。基本的に数人の常連客しか来ないのだ。だからバウンサー何て雇っても暇だし、仕事がなく龍は殆どホールスタッフ状態である。


そんな火月の店内では、


「ハグハグハグ!ングングング!」

「よく食うなぁ」


龍は隣の席で、茶碗にたっぷり盛られた白米をかっ食らう虎白を見て苦笑いを浮かべた。


「おかわりー!」

「はいはい」


もう5杯目だぞ……と思いながら、龍は懐からタバコを取り出して火を着ける。煙を肺に取り込み、ゆっくりと口から吐き出す。


「でもごめんな。急にこんな大喰らい連れてきてさ」

「良いのよ」


そう言って上品そうに笑う女性の名は火月かづき。この歌舞伎町の端っこにある寂れたスナック・火月のママだ。 やyこしいが、店の名前も火月で、この人も火月である。


見た目の年齢は30後半。名字不明所か、その他に関することの全てが謎の人であり、一体何時からこのスナックをやっているのかも分からない。気づいたらここにあった、と言うのは常連客の言葉だ。


実際この寂れ具合で、どうやって経営を成り立たせているのかも謎なくらいで、静かと言うか常連客が少しいる程度。


だがお陰で開店前だとは言え、龍がこうして連れて来ても迷惑にならない。


「ぷはー。ご馳走さま!」

「あら。ジャーのご飯が空だわ」


確かその炊飯ジャーは、MAXで五合炊けて、店を開ける時はMAXまで炊いてあった筈だ。そして今日はまだ開店前で客は来ていない。つまりこいつは、一人で五合平らげたのだ。


因みにオカズは店に常備してあるサバの味噌煮缶と、同じく箸休めに置いてある漬物だけ。これで五合もよく食ったものだ。


「ごちそーさまでした!」

「はい。御粗末様でした」


火月は虎白に笑みを返しつつ、


「それで虎白ちゃんをこれからどうするの?」

「警察に連れてって後は任せる。その内強制送還されるだろ」


するとそのやり取りを聞き、虎白は首を横に振って拒否する。


「けーさつ行かない」

「じゃあどうすんだよ。ああいう手合いは、しつこさだけは一流なんだ。何時までも追っ掛けてくるぞ。俺がいれば助けてやれるが、ずっと一緒って訳にもいかんだろ」


と龍が言うと、虎白は目を真ん丸にして見てきて、


「助けてくれるの?」

「こうして会っちまったもんは仕方ない。最後まで面倒は見るさ。だがこのまま逃げてもどうしようもないだろう?大人しく帰ることを俺は進める。だがそれでも帰らないってんなら、まずはその理由を聞かせてくれよ」


ふぅ。と煙を吐くと、龍は顔だけではなく、椅子ごと虎白の方を向けて問う。


すると虎白は、


「妈妈の家族を探しに来た」

「母親の家族?って確かさっき言ってたが、お前ハーフなんだよな?日本と中国の」


そう言えばさっき助けた後に聞いたが、日本に来たのは稼ぐためではないと言っていた。


「妈妈が先月病気で死んだ。妈妈の家族日本にいるて聞いた。ちゃんと妈妈が死んだこと伝えたい」

「そう。それは……御冥福を祈るわ」


火月の言葉に、虎白はありがとうと礼を言うと、


「だから密航船に飛び乗って来た。それに……」

「それに?」


虎白は火月の顔を見つめながら、言葉を続けた。


「妈妈が日本でどんな風に生きてたのか分からない。教えてくれなかったから。だからどんな国で、妈妈がどんな風に生きてきたのかを知りたい」

「そうか」


龍はそう呟くと、煙草の火を消して虎白に頭を下げた。


「すまん。勝手に決めつけて帰そうとして」

「う、ううん。良いの良いの。リューは悪くないよ。私がちゃんと事情をはしてなかったから」


ニコニコと虎白は笑いながら、龍に笑みを返す。優しい子で少し安心した。


「お詫びといっちゃ何だが。さっきもいったように面倒は最後まで見る。だからその母親の家族探し手伝うよ」

「ありがとう。でもやっぱりそんなのダメ。ご飯食べさせてもらって助けてもらって。お母さんの家族探しまで手伝わせたら、借り作りすぎだよ」


しかし今度は龍が首を横の振る番だ。


「お前日本に来たばかりじゃ右も左も分からんだろ。それに確かに中国大陸に比べれば日本は狭いがな、それでも人を探すとなればそれなりに手間も掛かる。その点俺は一人そういうのが得意な知り合いがいるからな」

「う、うん……」


少し釈然としなさそうだが、虎白も龍の言い分は理解できているようだった。


更に龍は、


「それにまたさっきの仲間が……って待てよ?」


じゃあなんでお前追われてたんだ?と龍が首を傾げると、


「んー。なんか知らないやつだったよ」

「逃げ出した誰かと間違えたのかしら?」


にしてはなんか違和感を覚える。と龍は思いつつも、


「まぁ良いや。取り敢えずお母さんの特徴を聞いても良いか?」

「うーんとね。美人だったかな」


ズコッと龍と火月はずっこけた。と、特徴と言えば特徴ではあるが……


「い、いやもっと具体的な特徴をだな」

「黒髪!」


日本人の大半は黒髪だよ。何ならアジア系の人種は黒髪が多いよと思いつつ、他にはと聞くと、


「おっぱいが大きかった!」

「そ、そう」

「確かHカップって言ってた」

「それはでかいな!」


思わず龍は、A・B・C・D・E・F・G・Hと唱えてしまうと、


「龍君……」

「あ、げふんげふん!」


火月にジト目で見られ、思わず食いついてしまう男の悲しいさがを誤魔化しつつ、


「他になんかこう……そうだ!写真はないのか!?」

「ない」


無いんかい……と龍は頭を抱えた。すると虎白は、


「持ってたけど、逃げるときに無くした」

「そうか……んじゃあどうすっかなぁ」


今のままでは、黒髪の美人でナイスバディの女性の家族を探す、というワケわからん依頼をアイツに依頼することになる。まぁ普段から迷惑を掛けられまくってるので、多少の無茶なら強気に出れるが、流石にこれは無茶が過ぎる。せめて写真があれば、と思うが無いものはしょうがない。


逃げてる最中に落としたのであれば、さっきのやつらが拾ってる可能性もある。だがそこまで思い至って更なる事態に直面した。それはさっきの連中が何者かも分からないと言うことだ。これでは益々手詰まりだ。


(いやそっちの連中ならまだいけるかもしれない)


何せかなり強めにボコしたのだ。治療が必要だろう。そしてあの手の連中は表の医者には頼らない。警察沙汰になるとこっちが不利だが、あっちはあっちで警察の厄介になりにくい立場だろう。経験上だが。


となると闇医者。その辺りから探れば見つけられるかもしれない。だが問題は奴等が写真を拾ったとは限らないことだ。まぁこのままじゃ手掛かりが全くないので、幸運を祈ろう。


「ふぁ~」


何て考えていたら、虎白が大きなあくびをした。


「眠いか?」

「うん……」


まぁ逃げ回ってたらしいし、服も汚れている。


「火月さん。上をこいつにも使わせて良いかな?」

「うん。好きに使わせて。ってせめて服位は洗濯した方がいいわね。虎白ちゃん。ちょっとお着替えしましょうか」


火月はそう言ってカウンターから出ようとすると、


「分かった」

「ぶっ!」


虎白はなんの迷いもなくTシャツを脱いだ。それによりプルンと揺れる胸。サイズが大きめのTシャツを着ていたため気付かなかったが、虎白は胸が見た目の年齢に対してかなり早熟だ。成程これなら母親がHカップと言うのも頷ける。


と言うかこのサイズでノーブラなのか……


「あら大きい……じゃなくて虎白ちゃん!ここで脱いじゃダメよ!龍君もなにマジマジと見てんの!」

「あがっ!」


カコーン!とステンレス性の灰皿を投げられ、龍は鼻を抑えながらそっぽを向いた。


「全くもう。って虎白ちゃん!ズボンもまだ脱いじゃダメ……ってパンツは!?」

「持ってきてない」

「えぇとじゃあ……虎白ちゃんがお風呂入ってる間に龍君に下着を……は無理そうだし」


火月は懸命な判断をしたと思う。正直女物の下着なんて全く分からない。特にサイズ。


「取り敢えずちゃんとしたのは明日揃えるとして、せめてパンツとかは虎白ちゃんがお風呂に入ってる間に私がひとっ走りしてくるしかないか。店番お願いして良い?」

「どーせ今日は人来ないだろうし良いよ」


常連客がいるとは言え、そいつらも給料日前で、懐が寂しくならないとやってこない。


その為、確かにそうね。と火月はあっさり認めつつ、虎白を居住スペースになっている二階に連れていく。


スナック・火月は二階建ての建物で、一階は店。二階は龍や火月自身も住んでいる居住スペースになっている。


なので二階には風呂もあり、中々住みやすい環境だ。


すると火月が上から降りてきて、


「じゃあちょっと近くのお店にいって買ってくるわね」

「女物の下着なんてこの辺売ってるの?」


男物ならコンビニとかあるが、この辺り一帯で女物となると思い付かない。と龍が言うと、火月は財布とエコバックを持ちつつ、


「ここは歌舞伎町よ?そういうのは探せばね」

「あぁ、成程」


言われてみれば確かにこの辺り一体はプレイ用からラブホ前に替えの下着用に安価な下着や、エグい下着を扱う店があった。日常的に使うのはともかく、その場しのぎには十分だろう。


「じゃ、行ってくるけど虎白ちゃんが可愛いからって変なことしちゃダメよ」

「しねぇよ」


クスクス笑いながら、火月は店を出ていき、龍はため息をつきながら店の棚から、ウィスキーの瓶を持ってきてグラスに注ぐ。どうせ客が来ないのだしと、おつまみにナッツも頂戴して、カウンターの席に座ると一人で楽しみ始めた。限度はあるにせよ、この程度であれば火月も好きにさせてくれる。こう言う所も素敵な職場ではある。


そしてグラスに注いだウィスキーを口に含み、飲み込むと喉から胃に掛けてカァっと熱くなる感覚を味わいつつ、スマホで知り合いに連絡を取る。メールを送ったが返事はない。まぁ何時もの事だ。今日もどこかで仕事をしてるんだろう。


しぶとい奴ではあるので、死ぬことは無い。


何て思いつつ、龍は更にウィスキーを煽ると、先程から随分静かで、そういえば


虎白が眠そうだったことを思い出す。


「寝てねぇだろうな」


と龍は二階に上がり、風呂場の扉の前から声を掛ける。


「おーい!虎白!起きてるか!」


しかし返事はない。聞こえないのか?と思うが、結構大きな声を出した。お風呂場と廊下を隔てる扉が薄い(と言うかこの建物自体がかなり年期の入った建物なため、)ので、聞こえないことはないはずだ。そう思いながら、耳を澄ますと、


「スピ~」

「やっぱり……」


龍は頭を抱えた。案の定寝てやがる。扉の前でも分かるほどハッキリとした寝息だった。仕方ないので、龍は悪いと思いつつもお風呂場に入っていき、


「おい虎白!起きろ!」

「ほにゃ?」


何がほにゃ?だと思いつつ、龍は虎白を揺する為に掴んだ肩を離した。その間も極力体は見ないようにはしておく。


「お前な……風呂に入ったまま寝んな。死ぬぞ」

「あはは~」


そんな龍を見て虎白は笑いながら、マジマジと龍を見てくる。


「どうした?」

「リューってカッコいいね」


は?と龍は突然の虎白の口説きに、一瞬思考が停止した。なんだ急に。


「そう言うのはな。もっと大人になってから改めて言ってくれ」

「私はもう12歳だよ?」


十分子供じゃい。と龍は言いながら、さっき見た虎白の胸を思い出す。12であれなら、成長したらもっと凄いことになりそうだ。


と言うか起きたなら何時までもここにいるわけにいかない。そう思って龍は虎白を見ないように立ち上がり、風呂場から出ていこうと背を向けてから、


「取り敢えず上がったら何か飲ませてやるからさっさと上がってきな。あ、因みにタオルはこの棚に入ってるからな」

「ありがとう。風呂上がりの一杯ってやつだね」

「どこで覚えたんだそれ」

「日本の漫画」


たまに外国人が、日本のアニメや漫画で日本語を覚えると聞くが、実際こうして見てみると、結構日本の文化ってスゲーと思うものだ。勿論自分が作った訳じゃないし、そもそもアニメや漫画は殆ど見ないが。


いや、最近なんか色々流行ってるのは知ってる。何か呼吸で鬼を倒すやつとかね?ただそういう文化に、殆ど触れる機会の無いまま育ってきたため、今更それに触れる気力がない。


「歳かな……」


と今年で27歳になる龍は、いやまだ若いかと呟きながらカウンター裏の冷蔵庫を開ける。


「牛乳にするかほかのやつにするか……」

「瓶に入ったコーヒー牛乳は?日本人はお風呂上がりに飲むって聞くよ?」

「いやまぁ確かに風呂上がりのコーヒー牛乳は旨いけど、スナックにそれはどわぁ!」


音もなく背後に立って話し掛けて来た虎白に、龍は驚き更に驚愕。なんと虎白……服を着ていない。と言うかタオルすら巻いていないので、完全にスッポンポンである。


「何で裸!?」

「だって服ないもん」


そう言えば今洗濯中でしたね!だけどせめて何かタオルで隠すとかさぁ!と思いつつ、


「じゃ、じゃあ背中向けろ!せめて体をこっちに向けるな!」

「やだ」


何でだよ!と龍は叫ぶ。


「着替えさせて」


しかし龍の叫びを無視し、虎白は両手を広げてこっちに来る。それには龍も慌てて着ていたシャツを脱いで投げつけた。


「これ着ておけ!」

「だから着替えさせて」

「アホか!着替えくらい自分でしろ!」

「自分で着替えたことない」

「金持ちのボンボンか!」


龍は安全な距離を保ちながら、虎白に叫ぶ。相手は12歳の少女だ。そんな少女に裸で近寄られたら事案物である。


即逮捕だ。流石に捕まる理由がそれは嫌すぎた。しかしそんな中、龍は気づく。


この店は店内にインテリアが幾つか置いてあるのだが、その中には鏡があり、そこに写った虎白の背中には、大きなアザのようなものがあった。


「虎白。背中どうした?」

「え?」


すると虎白は明らかに慌てた様子で、背中を壁につけられる位置まで移動し、背中を隠した。


胸を見せるのは抵抗ないようだが、背中はみられたくないのか?まぁはっきり見えた訳じゃないが、背中全体に広がるアザだった。一瞬ヤクザの彫り物かと思う程度には。


しかしそこまで隠されると気になる。さっき風呂場では虎白を見ないようにしてたので、気づかなかった。


「おい。背中に何かあったのか?」

「な、何もないよ?きれいな背中だよ?」

「じゃあ見せてくれよ」

「だ、だめ」

「着替えさせてほしいんだろ?」

「背中は見ないようにして」


それ大分無茶だろ。と思うものの、シャツなので上からスポッとやるだけで良いのだ。背中を見ずにも出来るが、ここまで隠されると気になってくるのが人間というもので、


「良いから見せてみろ!」

「いやー!」


力付くで背中を見てやると龍は掴み掛かった。


力には自信がある。ましてや男と女。しかも女は12歳の子供。力で負けるわけがない。筈だったが、


「ごめーん。遅れちゃった……わ」

『……』


火月が帰ってきて、店内が静まり返った。


それもそうだろう。火月にしてみれば帰ってきたら、上半身裸の龍が全裸の虎白に襲い掛かる図なのだから。


「ち、違う誤解だ」

「りゅ、リューが私の体を見たいって襲ってきた!」

「う、うん強ち間違ってないけど、それだとあらぬ誤解を生むからな!?」


思わず最初に弁解を求めたが、そのあとの虎白の言葉で余計にこんがらがってくる。そして次の瞬間。


「とにかく!二人とも正座!!!」

『は、はい!』


シュバっと二人は床に正座をし、火月にたっぷりと事情聴取と言う名の説教(主に龍に対して)がおこなわれたのは、まぁ余談である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る