歌舞伎町ドラゴン

ユウジン

第一章 龍と虎

邂逅

一昔前の平成と言う時代は、日本と言う国はそこそこ平和だったらしい。


らしい、と言うのは自分は令和元年生まれなので、あまり詳しくない。話で聞く程度だ。


すっかり令和と言う年号が人々に馴染み、平成もとっくに昔になった現在。日本も平和とは言えなくなっていた。


毎日どこかで争いがあり、銃弾が飛ぶことも珍しくない。


特にここ、東京新宿の歌舞伎町は、既に魔境の様相を呈している。


国内外の様々な組織が複雑に絡み合い、常時一触即発状態。少し路地裏に入れば敵対視する組織同士の人間が睨み合ってた何てことは日常風景だ。


しかしそんな奴らが自分達を発展させるために巨額の金を動かし、結果的にこの歌舞伎町も発展させ、今やこの町は日本処か、世界でも有数の歓楽街になった。


それは同時に、秩序の崩壊を意味し、世界でも有数の歓楽街は、世界でも有数の危険地域になっている。


その分表では生きていけないような奴にとっては、過ごしやすい場所だ。


だが先程も言ったように、ここでは日常的に事件が起きている。例えばそう。今も路地裏を駆ける女の子が一人。


腰まで伸ばした黒髪が人の目を引く。顔立ちも幼いと言うかあどけない感じだが、非常に整っている。


見たところ日本人ではないが、アジア系の人種だ。珍しくない。ああいった人間が違法に入国して、この歌舞伎町で稼ごうとするのは。


但し、この歌舞伎町でのこういったやつらの仕事と言えば、ヤクザのしたっぱか、女なら違法風俗の嬢くらい。世界有数の歓楽街で、一晩で億単位の金が動くことも珍しくないこの町であっても、結局のところ悪くて偉いやつが金を吸い上げ、その下にいるやつらは吸い尽くされ、死なない程度に恩恵を与えてもらえる程度。その恩恵を受けれるのだって一部の人間だ。


きっとあの女の子も、その現実を知って逃げ出したやつの一人だろう。


これもよくある話。そして、テンプレの如く捕まって、連れ戻されて監視下に置かれながら仕事をさせられる。場合によっては殺される。身元不明の外国人の死体何てニュースにもならない。


見た感じ若く、12、3歳位だろうか?まぁ凄く若くないとダメだと言う特殊性癖の人間もいるため、店によっては実はいる。表向きに堂々と宣伝してはいないが、高級店には政府の要人何かが重要な客人をもてなすのに使うため、色んな女の子を揃えておくらしい。


そしてそういう店での脱走は殊更不味い。何せ要人にとって、そういった店を利用したなんて知れたら致命傷だ。そして店側も逃げ出したやつが警察に飛び込んで結果的に漏洩なんて事になったら、店処か命がまずない。なので何がなんでも捕まえる。


そんないつもの光景の、筈だった。





















「っ!」

「ん?」


人通りのない路地裏を駆ける少女。腰まで延びた黒髪に、あどけなさの残る幼い顔立ち。歳は12・3歳位。服装は少し汚れていて少しまだ3月になっても寒い日が続くこの時期には、少し心もとないTシャツにジャケットを羽織り、短めの丈のズボン。背中にはパンパンに中身が詰められているリュックサックを背負っている。


そんな少女だが、背後から追ってくる男達か逃げていると、前を歩いていた別の男の背中に激突し、尻餅を付いてしまった。


激突された男はゆっくり振り返り、少女を見下ろす。少女はギョッと驚きと恐怖が混じったような目でその男を見返した。


男の身長は190㎝はあるだろう。肩幅も広く、鋭い眼光と相まってかなりの威圧感を感じる。


「おい。怪我はないか」


低い声音で、前述の特徴もあって更に威圧感は倍増だが、心配してくれているらしい。


すると背後から男達が追い付いてきた。


その娘を渡せ给那个女孩!」

「あー……悪い。俺日本語と精々英語なら少しイケるんだが何語だそれ?」


男はそう言いながら、少女を守るように立つ。


「多分中国語のような気もするが、やっぱ分からん。ただ、余り良い奴らには見えねぇな」

そこをどけ离开那里!」


向こうにもこっちの言語は通じていないようだ。まあ当たり前だろう。だが言葉は通じずとも、言わんとしていることは分かる。退けとか、この娘を渡せとかいっている感じだ。


しかし、その娘は震える手で男の服の裾を掴んでいる。


「……はぁ。まぁどちらにせよこんな子供に、大の大人が雁首揃えて追っ掛け回すんじゃねぇよ。どこの店の奴らだか知らねぇけど、つうかまずどこの店のもんだ?って言っても通じないんだよなぁ」


と頭を男が掻いたその時、相手の一人が殴り掛かり、男の頬に拳がめり込んだ。


しかし、男はゆっくりと相手の顔をつかみ、片手に持っていたエコバックを少女に渡す。


「少し持って離れてな」

「……」


少女は意味を汲み取ったのか、それを受けとると男から手を離す。それを見てから、男は顔を掴んだ相手をそのまま持ち上げ、


「っ!」

「おらぁ!」


壁に頭を叩き付け、そのまま手を離すと、足裏を叩きつけるような喧嘩キックで顔面を蹴りつけて黙らせる。


「ったく。こっちは平和的に話し合いたいのに……」

てめぇ特米!」


男がぶつくさ言う中、他の男達も襲い掛かってくる。


一人は殴ってきた腕を掴み、捻り上げるとベキベキと言う音と共に、腕が曲がらない方に捻じ曲がり、悲鳴をあげて悶える所に、反対側の手で頭を掴んで地面に顔面を叩き付ける。


続けてきた相手は、顔面を叩き付ける際に低くした姿勢を戻しながら、拳を振り上げてアッパー。


「っ!」


ベキャ!と強烈なアッパーで顎を砕きながら、振り上げきると男はひっくり返り、後頭部を思いっきり地面にぶつけた。


最後の男は、咄嗟に壁に立て掛けてあった鉄パイプを掴み、男に振り下ろしに来る。


ガスッ!と頭を殴られるが、パイプを掴んで引っ張りながら、相手の鼻柱に頭突きを叩き込むと、相手は鉄パイプを手放し、そのまま男は鉄パイプを捨てると相手の胸ぐらを掴み直し、再度頭突きを叩き込む。


「ぷぴっ……」


変な声を漏らすが、男は気にせず2、3度と続けて頭突きを入れると、鼻は折れて陥没し、前歯も折れる。


「ふん」


そして地面に投げ捨てると、額に着いた血を袖で拭い、ゆっくりと少女に振り替える。


「大丈夫か?って言っても通じないか」

「だ、だいじょぶ」


え?と男は少女を二度見した。


「言葉分かるのか?」

「分かる。少しだけど」


確かに片言っぽいが、発音自体はかなり綺麗だ。どちらかって言うと、日本人が演技でやる下手くそな片言喋りの方がもっとそれっぽいくらいだ。


「私のお母さん妈妈日本人」

「妈妈っていうと……確かお母さんのことだから……あぁ、成程ハーフか。それでお前さんあれだろ?母親が生まれた国に憧れて出稼ぎに来たらロクな仕事なくて、結局風俗で働いて逃げ出したんだろ?だがこれでわかったはずだ。世界的にそうだが、日本も今やロクな場所じゃない。それが分かったんだし国に帰った方がいい。そうだな。警察に連れてってやる。色々聞かれると思うが、素直に答えておけば強制送還で帰して貰える筈だ」

「やだ。帰らない」


しかし少女は首を横に振って拒否してきた。何やらわけありかもしれない。だがそれなら逃げ出すなよと思う。こう言うのはあると知ってる分には無視できるが、こうして目の前に逃げて来てしまうと助けずにはいられない性分だった。お陰で追っ手をぶっ倒してしまったではないか。


「それに、私は風俗……エッチなお店で働くために来たんじゃない」

「皆来るときは希望を胸にやってくる。そしてそれを打ち砕かれて風俗で働いたり、まぁ運が良ければ何とかして自分の国に帰っていく奴らは幾らでもいるんだ。最初から風俗で働くために日本に来るやつもいない」


しかし少女はまだ首を振る。


「違う。私は……」


とそこまで言ったところで、少女は蹲った。


「お、おい!大丈夫か?」


と男が駆け寄った次の瞬間。


《ぐぅ~》

『……』


少女のお腹から可愛らしい音が響く。


「お腹すいた」

「さ、さいでっか」


仕方ない。と男はため息を吐くと、


「わかった。何か食わせてやるよ。来い」

「うん!分かった!」


少女は目を輝かせながら立ち上がった。簡単について来るのはどうなんだろう……まぁごねられても困るのだが。


「あ、そうだ。お前名前は?」

虎白フーバイ


ふーばい?と男が首をかしげる。するとフーバイと名乗った少女は笑みを浮かべ、


「虎に白と書く。日本語だと虎白こはくと読む。お前は?」


俺?と男は頬を掻き、そして口を開く。


九十九つくも りゅう。歌舞伎町の寂れたスナック。火月のバウンサーをしてるんだ」

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