第10話:芦田幸太は再び挨拶する
「いらっしゃいませぃ!」
『あで〜じょ』に入ると、小料理屋に似つかわしくない、そんな声が聞こえてきた。
声のした方をみると、和服を着た女性がカウンターの中から僕らを出迎えてくれていた。
「藍流(あいる)、あんたそのノリはやめなさいって言っていつも言ってるでしょ?」
「あっ、来華さん!ようこそおいでくださいました」
藍流と呼ばれた女性が、取り繕うようにそう言っていた。
「今さら遅いっての。それに、ここでは『女将さん』でしょ!」
女将さん。なんだろう、津屋さんにもの凄く似合ってる気がする。
僕はそう思いながら店内を見渡した。
小さなカウンターには席が4つ。
カウンターの向かいにお座敷が1つ。
奥にはお手洗いと、カウンターから直接行けるようになっている部屋があるみたい。
うん。あれだね。
警視庁の特命の人達が行きつけにするところに似てる。
こういう所を行きつけにするの、カッコいいよね。
そうこうしているうちに、みんながお座敷へと入っていったから、僕もそれについて行った。
「あら、今日は新顔がいるんですね」
「あぁ。前に話した幸太だよ」
「あ、芦田 幸太です。よろしくお願いします」
「アタシ、春日部 藍流。よろしくね。元々居酒屋で働いてたからこんなノリだけど、気にしないでね」
「いやだから、そのノリを直しなさいって言ってるでしょ!」
春日部さんの挨拶に津屋さんが怒っていると、春日部さんはそのまま逃げるようにカウンターへと引き下がってしまった。
注文も何も取らないままに。
「ちょっと藍流~!とりあえずビール6つねー!」
「はいただいま~」
春日部さん、まだ思いっきり居酒屋のノリです。
でもみんな気にせずにワイワイ騒いでます。
そんな皆さんこそ、居酒屋に居るかのごとく騒いでますけど。
ここ、小料理屋ですよね?
特命の人達、もっと静かにカッコよく飲んでますよ!?
呆れながら騒いでいる皆さんを見てると、それもどうでも良くなってきているあたり、僕も毒されてきたのかな?
そんなことを考えていると、春日部さんがビールを運んできた。
「さぁて。改めて、幸太の入居を祝して、乾杯っ!」
「「「「乾杯!!」」」」
「か、乾杯」
「おっ、幸太、いい飲みっぷりじゃねーか!」
酒谷さんが早速そう言ってやって来た。
いつの間にか手にした一升瓶を引っさげて。
いや、本当にいつから!?
「あー、朝美。あんまり幸太に飲ませるんじゃないよ」
「なんだよ来華。いいじゃんかよ。いくら幸太に優しくしても、幸太はババァにはなびかねーよ」
「そんなんじゃないさ。幸太は、少し酔ったくらいが面白かったじゃないか。だから、いい感じで止めてやった方が盛り上がるだろ?」
「うふふ。確かに、来華の言うとおりね」
津屋さんの言葉に、静海さんが笑って同意している。
いや、なんなんですかそれ。
僕をなんだと思ってるんですか!
でも皆、そんな僕の気持ちなどお構いなしに、量を減らしてガンガンお酌してくる。
僕がお返しにたっぷり注ぎ返しても、全員ダメージを受けた気配なし。
よし、僕が皆に勝てないのはこれでハッキリしたな。
あとは、いい感じに酔ったフリして自分を保つしかない。
そんな決意の元、僕は少しずつ、本当に少しずつ飲み進めていた。
すると。
「よし。ここで幸太からそれぞれに、挨拶してもらおうかね!」
津屋さんが訳のわからないことを言い出した。
いや、この場で挨拶っていうのは理解できるよ。でも、それぞれにってどゆこと?
あーもーいいや。とりあえず挨拶だ。
そこで僕は立ち上がって津屋さんに目を向ける。
「津屋さん。まずはお礼を言わせてください。こんな安いアパート、他にはありません。しかも、少し構造は変わってるとはいえすごく綺麗なアパートに住めるなんて、ありがたいと思っています。
しかし津屋さん!雑用の範囲が広すぎます!しかも時間も関係なしに!せめて、時間はどうにかしてほしいですっ!!」
「静海さん。いつも仕事の話を聞かせていただいてありがとうございます。本当に勉強になります。
しかし静海さん!もう少し自分で買ったブルーレイレコーダーの使い方くらい勉強してくださいっ!!」
「酒谷さん。いつも煙草のお誘いありがとうございます。タバコミュニケーション、仕事で役立てたいです。
しかし酒谷さん!僕今まで煙草吸ったことないんです!まだ喉がイガイガします!もう少しペース遅くしてください!」
「愛島さん。あなたに至っては、現時点でお礼するところが見当たりません!朝っぱらから添い寝のお誘い、マジで勘弁して欲しいです!」
「そして最後に吉良さん!いつも余所余所しいですけど、僕何か悪いことしましたか!?どうせだったら僕は、吉良さんとも仲良くなりたいです!」
「とにかく皆さん!まだまだ言いたいことはありますが、これからよろしくおねがいします!!」
そう僕は、一気に言って頭を下げた。
言ってしまった。
今になって、飲むのをセーブしていたのを後悔しています。
あー!どうしよう!何人か今度こそ怒ってるかもしれない!!
僕が頭を下げたまま顔を上げられないでいると、大きな声笑い声が重なった。
「ほら!幸太はこのくらいが面白いだろう!?」
津屋さん。今回は言い返せません。
「あら。まさか仕事の後輩になる子からお説教されるとは思わなかったわ。でもこれはこれで・・・」
あ、静海さんの変な扉開いた?
「なんだよ幸太!そうならそうと言ってくれよ!まぁ、言ったからって改めるとは限らないけど」
酒谷さん、それ言う意味あります?
「あらあら〜、そんなに添い寝のお願いが嫌だったなんて・・・じゃぁこれからは、添い寝以上の事をお願いしようかしら」
愛島さん、もう分かって言ってますよね。
「そ、そんな。幸太さんは何も悪くないんです。私、男の人が苦手なだけで・・・」
あ、吉良さん、僕を嫌ってたわけじゃないんだ。よかった。
でも、うん。確かに、このくらいの酔い、悪くはないかも。
「改めまして!母さんよりも年上の皆さん!これからよろしくお願いします!」
「「「「「んだとコラ〜〜〜っ!!!」」」」」
その後僕は、皆んなに揉みくちゃにされながらたっぷりと飲まされて、また、記憶を無くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます