第9話:会話はいつでもワープする

それから2週間、僕は津屋さんの手伝いと部屋の片付けをする日々を送った。


まぁ手伝いと言っても、アパート内の片付けとか、外回りの掃除がほとんどだったんだけどね。

時々、共有スペースに置くお酒やおつまみなんかの買い出しもあったっけ。


あとは、みんなそれぞれに僕に用事を言いつけてくることもあるんだよね。


静海さんは、最近買ったブルーレイレコーダー(取り付けたのも僕)の操作方法を教えるのが多かったかな。


その傍ら、仕事の話を聞けたのは凄く参考になった。

静海さんはだいたい、話しながらワイン飲んでたけど。

静海さん、騎士が丘大学の財務課で、課長補佐なんだって。


騎士が丘大学の事務局では、事務局長、部長、課長と上から順番にいて、課長補佐はその次に偉いんだって。


凄いよね。4番目に偉い人の話を聞けるなんて。

まぁ、課長補佐は他の部署にも沢山いるらしいから、静海さんだけが4番目に偉いってわけでも無いみたいなんだけどね。


それにしても、そんな人がブルーレイレコーダーの操作も分からないなんて。


だったら僕は、部長くらいにはなれるんじゃない?

なんてね。そんなわけ無いよね。



酒谷さんは、いつも煙草を吸うときに僕に声をかけてきた。

と言っても、煙草を吸うたびに、ってわけでもなさそうだった。

だって、呼ばれて行ったら、その前に呼ばれたときには殻だった灰皿に、こんもりと煙草の吸い殻が溜まってたからね。

あの人、どれだけ吸ってるんだろう。



愛島さんは、いつも「添い寝してぇ」なんて、甘い声で電話をかけてくるんだ。

しかも朝っぱらから。

もう、本当に勘弁して欲しいよ。



吉良さんからは、今のところ何か頼まれたことはない。

初日に小さな悲鳴をあげられてからは、なんか余所余所しいんだ。

まぁ、普通同じアパートの住人と仲良くなることなんて無いから、本当だったら吉良さんの態度の方が当たり前なんだろうけど、他の人が他の人だからなんか気になってしまう。

もしかして僕、嫌われてるのかな?



そんな日々を過ごしていると日々はすぐに過ぎて、もうすぐ僕の出勤初日ってある日の夜。


津屋さんがみんなを共有スペースに集めて言ったんだ。


「幸太も、ここの生活に慣れてきただろうし、今日は改めて、幸太の歓迎会をやるよっ!!」


えぇ。もう、最初の歓迎会でお腹いっぱいなんですけど。

僕がげんなりした顔をしていると、


「そんな顔しないでちょうだい。今日は、ちゃんと店に連れてってやるから。」

津屋さんはそう言って笑ってたけど、僕は言いたい。


違う、そこじゃない、って。


もちろんそんなことは言えない僕を差し置いて、他の人たちが盛り上がる。


「あら、いいわねぇ。久々にたっぷりと飲もうかしら。」

静海さん、あなた普段から、ガブガブワイン飲んでます。


「よっしゃぁ!今日は幸太のおごりだなっ!」

酒谷さん、おかしい。普通僕が奢られる方じゃない?


「こ、幸太さん、今日は無理しないでね。」

吉良さん、ありがとうございます。でもあなた、前も優しい言葉を掛けながら僕に飲ませてましたよ。


「あらぁ、じゃぁ帰りは私が幸太をお持ち帰りしちゃおうかしら?」

愛島さん、持ち帰らないで。っていうか、アパート同じだから、みんな仲良くお持ち帰りじゃない?

いや、それはそれで誤解を生むな。


皆が好き好きに言いたいことを言いながら、ガヤガヤとそのままアパートを出て、気づいたら僕は1件の小さな小料理屋の前にいた。


あ、小さな小料理屋って。頭痛が痛いみたいだね。


いやいや、え、ワープ?

いやまぁ、歩いて5分くらいの場所なんだけどさ。


でも、なんかもうただ流れるように、じゃないな。流されるようにここまで来ちゃったよ?

もうみんな、ず~っとしゃべってるの。


たかが5分、されど5分。


もう1秒たりとも無駄にしないしゃべりの応酬。

油断したら、15秒後には話題が変わってたりするからね?


アパートを出発したときは、みんなで「アレ食べたい」「コレ食べたい」って話してたのに、居酒屋の前に着いた時には2組に分かれて、かたや「映画館の予告編こそ面白い」って話、かたや「コンビニトイレの『いつもきれいに使ってくれてありがとう』の表記に腹が立つ」って話。


もうこれ、どういうこと?


出発地点から、それぞれのゴールに至る道のりが気になるよ!

話の内容までワープしちゃってるよ!!


僕はもう色々と諦めて、目の前の小料理屋の看板に目を向けた。


『あで~じょ』


看板にはそう書かれていた。


「あで~じょ?」

僕はつい、声に出して読んでいた。


「小料理屋っぽくない、おかしな名前でしょう?」

コンビニトイレの表記に腹を立てていた家の1人、静海さんがそう言いながら僕に近づいてきた。


「うちのアパート、『艶女ぃLIFE』っていうでしょう?その『艶女』を、そう読むのよ。」

「それって・・・」


「ここはね、来華のお店なのよ。」

「津屋さん、お店ももってるんですね。」


アパートのオーナーってだけじゃなくてお店ももってるんだ、津屋さん。


一体、何者??


そう言って津屋さんを見ると、映画館の話からいつの間にか「コンビニで牛乳を買う愚かしさ」について語っていた津屋さんが、近寄ってきた。


「良い名前だろう?少し前に、こんな言葉が流行ったんだよ。」

「来華、この言葉が流行ったの、10年以上前よ?」


「この年になると、10年なんて少し前だろう?」

「それもそうね。」


いや、そうなの!?

津屋さんの言葉、静海さん普通に受け入れてたよ!?

そんなもんなの!?


お店に入る前から、もう色々と追いつけない僕は、それでもみんなの後ろについて小料理屋『あで~じょ』へと入っていった。

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