2021/01/07 利用された女
お題:【千円札】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
ある日は私は警察に逮捕された。
容疑は紙幣の偽造である。
美術部を訪れた私服(私服と書いておきながらフォーマルなスーツを意味する)の女刑事が私の肩を掴んだ。
斥候で作ったような笑みを貼り付けて、「少しお話、しましょう」と誘ってきたのだ。
数百名の生徒が犇めき合う放課後の校舎に空いている教室などあるはずもなく、美術部の先生が掛け合って生徒指導室に連れて行かれた。
女刑事は名乗ったかもしれないが、私は覚えていない。元より他人の顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。印象づけしやすいように皆フリガナの名札を付けてくれると非常に助かるのだが、そんなことは就学する前に卒業してしまったようだ。
女刑事が示してきた一枚の写真は私が描いた絵が写っている。そこに精巧に描かれた千円札が問題であると言いたいらしい。
「偽造目的で使用するなら万札にするでしょ、普通」
あえて普通という言葉を選んで末尾に飾ったが、刑事には通じなかった。
「そういうギャップを狙ったケースも考えられるでしょう?」
「どこの世界に
そういうのがあっても良いかもしれないと思いながら話した。今の私は権力的な物に対する反抗心で喋っていた。
「冗談はさておいて、貴女が漱石にご執心だった経歴もある訳だから、時間を取っているのだけれど、天才美少女画家さん」
一時夏目漱石に嵌まっていた小学生の私が一心不乱に描いた千円札のイラストを教室に置きっぱなしにしていた。それを拾った善意の同級生が担任に届け出たことで事態が学校に露呈し全校集会が開かれた。ハゲの校長が涙ながらにこうこうこういうことがあった旨を述べて、実在する事件等々の話で生徒の足にスタンのデバフを撒いていた。
学校側はあくまで不特定多数の生徒に対する訓戒としての名目であったが、私に対しての教師陣の風当たりは厳しかったことを覚えている。
それとは無関係に私の頭の中には、次に何をしようかというアイディアが分裂していき、次の日曜日には実行に移った。同級生数名を伴い、誰もいない体育館に逆さまにした机を無数に並べた。正門の鍵は当然仕舞っているだろうという前提から、一階にある家庭科室の窓を金曜日に開けておくことを欠かさなかった。
月曜日になって、大騒ぎする校内の様相にビビった同級生の誰かが私の名を告げてしまったが為に、先生たちの溜まった鬱憤の矛先が私に定まる。反省文だの、優しさについて説いた本だの、無数のタスクが積み重なっても、尚創作活動は平行して行われたのである。
中学生になってもそんな生活をしていたあるとき、美術室に放置していた私の絵が勝手にコンテストに送られ、勝手に受賞した。無論授賞式はサボタージュしたし、以来周囲からは良くも悪くも注目されるようになっていた。
そういう経緯を目の前の女刑事は知っているのだ。ただの注意や補導でそこまで調べるとは思えない。本当に警察なのかも怪しい。
「貴女に頼みたい仕事があるの」
そういって彼女は私を逮捕して連れ去ったのである。
彼女が私に依頼したのは贋作の制作だった。
例の刑事曰く、贋作を利用し釣られた闇オークションや非合法なディーラーを押さえたいという壮大な目的があるらしい。
場所も分からぬままマンションの一室に詰め込まれ、飯風呂その他の物資には事欠かない生活を約束された。
作業の果てに解放されるのだろうかと勘繰っていたが、そうこうしている内に最初の贋作が完成した。およそ二週間ほど掛かった。
マグロ漁船でもあるまいしと、完成の連絡を入れると、その四十分後に「二千万で売れた」と連絡があった。
それから一週間ほど掛けて別の贋作を仕上げたところで飽きてきた。
五作目が完成した頃には、私は少しやつれていた。
心配した彼らが用意した薬を飲むと精神的に安定したが、それが何の薬なのかは気にしないようにした。
マンションの一室で未成年の女を囲って薬漬けにした上に絵まで描かせているのだから、一錠で二度美味しいと言えるだろう。
出入りする業者の男を誑し込んだりするのにも飽きてきた時だった。普段とは異なる装いの男がやってきた。
「仕事場を替える。行こう」
と車に乗せられ、目隠しをされ、はてさてどこまで行くのやらと思っていると眠ってしまった。
空腹を感じて目覚めると目覚める。
視界は真っ暗だ。
周囲を確認しようにも身動きは取れず、手足の感覚も曖昧だ。
目覚めたばかりで粘性の高い思考を撹拌することができない。
それに、とても寒い。
しばらくしていると、何か箱のようなものに閉じ込められていると気付いた。手足丸めて、頭を抱え込むような体勢になっていると分かった。
徐々に力が入るようになったので身体を動かすと、衝撃が襲い掛かり、天地がひっくり返った感覚に陥る。おそらく箱がどこかから落ちたのだろうか。
おかげで箱の蓋が開いた。
目の前の大きな川が流れている。
周囲は霧が立ちこめており視界が悪い。
空気が肌に刺さるように冷たい。
近くで焚き火をしている老人がいた。驚いたようにこちらを見ている。
「ここはどこですか?」と尋ねてもまず言葉が通じない。
暖を取るために焚き火の近くに寄ると、火はとても弱々しく燃えており今にも消えそうだ。
何か燃やせる物がないかと身体を弄ると数千円しか入っていない財布を見つけた。
三途の川の渡し賃になるかと思い、それをくべた。
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