2021/01/04 銀の弾丸
お題:【犠牲】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
闇夜に蔓延り、生き血を啜る吸血鬼。
超人的な体躯を持ちながら、人間に匹敵する頭脳を持つ狡猾な生き物。
暗い会議室の壁をプロジェクターが眩く照らしていた。その光に照らされている少女。
銀色の長髪を持ち、瞳はワインのように紅い。
会議室にいる者は皆、彼女を見ていた。
「能書きはいいから要点を言え」
話を急かす男に、少女は不敵な笑みを浮かべ、前を向き直る。
「我々が苦戦してきた吸血鬼との戦いの日々にようやく光が指してきた」
少女がポケットから取り出したのは、一発の弾丸だ。
「それが、なんだ?」先程少女を急かした男が鼻で笑う。「そんな豆鉄砲じゃ、あいつらを殺すのは無理だな。機関銃でミンチにして――」
「――これは、銀の弾丸だ」
弾丸を摘まみ上げた少女の一言が室内の空気を支配する。弾丸にプロジェクターの光が当たり、辺りに散らばる。
「純銀の弾丸は吸血鬼には致命的な脅威だ」
曰く、通常弾では数十発叩き込んでも動き回る吸血鬼を一発で破壊できる概念的な代物だそうだ。
「でも、銀って酸化しやすいんだろ?」男の内の一人が言った。
「その通り。そこで私は細工を施した」
少女は持っていた弾丸を男に向かって放り投げる。
彼女は他にも持っていた同じ弾丸を数発、男らに配った。
弾丸を摘まんで間近で観察する男たち。
「……これは銀じゃないのか?」
「――
と声が上がる。
「純銀の表面にクロム鍍金を施した。鍍金の犠牲防食作用がはたらく限りは運用に支障はない」
ある金属を腐食させないためにイオン化傾向の大きい別の金属で被覆する。イオン化傾向の大きい金属は優先的に腐食し、被覆下の金属が腐食するのを防ぐ現象を犠牲防食という。
「あんまり粗末に扱うなよ。銀は高価な金属だ。大事にしてくれよ。融点も高いから加工が大変なんだぜ?」
「でも、本当に銀の弾丸で吸血鬼が殺せるのかよ」
最初に口を開いた男が疑問を口にする。それは尤も発言であるから、周りの男たちも懐疑的にならざるを得ない。
「ふむ……」
少女は口をへの字に結んで考える素振りを見せる。
「…………では、検証してみるとしよう」
少女のつぶらな眼が一瞬で充血すると、彼女の身体に変化が現れる。か細い腕は筋肉の塊になり、骨格も少女のそれから奇怪な怪物へて変貌する。天井に達しようとする体躯、巨大な腕、牙を剥く口。
まさしく彼らが敵対していた吸血鬼そのものであった。
「野郎……! 鍍金が剥げやがったな……」
言葉になっていない雄叫びを浴びせる吸血鬼を前に室内は騒然となる。
倒されたプロジェクターから光が消えて、室内は元の暗黒へと帰った。
前列で少女の講釈を聞いていた男たちは逃げようと背を向けたが、吸血鬼の振るう腕で薙ぎ払われる。
後列にいた男ら数人が腰のホルスターから引き抜いた拳銃を発射する。室内がマズルフラッシュの嵐に曝される。
弾丸をデカい図体に受けながらも吸血鬼は猛然と襲い掛かる。
「畜生! 効きやしねえ」
「彼女が言っただろ! 銀の弾丸だ!」
別の男が叫んだ。自動拳銃のスライドを引き、排薬口から銀の弾丸を滑り込ませるように押し込んだ。
目の前で仲間に襲い掛かる吸血鬼の脇腹目掛けて発射した。
直撃を受けた吸血鬼は、猛牛の鳴き声のような悲鳴を上げて大きく仰け反る。
よたよたと覚束ない足取りのまま部屋の奥に仰向けで倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「……どうだ?」
誰かが部屋の灯りを点けると、そこには腹から血を流した少女の姿があった。
数日後、少女が作り出した銀の弾丸が大量に生産され兵に配備されていく。街から銀の食器が消え、銀の価格が急騰していった。
会議室で吸血鬼に襲われ、負傷した男らは病室にいた。
寝ている訳ではなく、一つのベッドを囲んでカードに勤しんでいる。
そして、彼らの中に少女の姿があった。
「しっかし、あんなので本当に効くのかね?」
「まさか演技じゃねえだろうな」
「さてどうだろう?」手札を晒す少女。
「ああ……畜生! また負けた!」
半人半鬼の少女は銀の弾丸を受けて倒れ、以来吸血鬼の姿になることはなかった。彼女のささやかな犠牲の先に彼らの攻勢が始まったのである。
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