2020/12/28 肉屋の会談

お題:【焼き肉】をテーマにした小説を1時間で完成させる。




 僕は一度着替えてから、馴染みの《肉の兎丸屋とまるや》へ向かった。「放課後十七時に、肉屋に集合だ」と号令を出すトカゲ(渾名)の意図は分からないが、焼き肉にありつけるなら悪くない。一介の男子高校生は常に腹を空かせた餓鬼であるからだ。

 それなのに、むざむざ焼き肉のチャンスを逃したのはボーズ(渾名)と呼ばれる男だ。帰り道が同じなので、彼にも声を掛けてみたが、「肉は食べないので行かない」と頑として聞かず。そればかりか、

「食の欧米化が進んだから、良い時代劇も減ったんだ」

 と宣う。因みに、ハジメちゃん(渾名)にそのことを告げると「欧米ではないんじゃないの?」と言っていた。何のことかは僕には不明。


 さて、《肉の兎丸屋》に着くと、既にトカゲ、ハジメちゃん、ユウキちゃん(渾名)がテーブルを囲っている。

「何だ、ヒダリ。お前着替えてきたのか」

 学ランに臭いが付くのが嫌だったのだ。僕にそう問いかけるトカゲはしっかり学生服のままだった。彼もこの商店街からほど近い所に生家があるから、帰っても良さそうだが。

 平日の夕方の店内に僕ら以外の客はいない。僕らはテスト期間ということもあり、匂い等々の問題は軽視されていた。女子二名については、もれなく学生服のままだ。

 因みに《ヒダリ》とは僕の渾名である。歩いている時に左腕が意図せず動いていないことに起因している。腕に異常があるわけではないが、癖のようになっているのだ。

 テーブルの長辺の一つをハジメちゃんとユウキちゃんが独占しており、僕はその対面に座るトカゲの隣に着く。

 トカゲはコップに継がれた茶色い液体を飲んでいる。

「何飲んでるの」

「ウーロン茶だ」

 と毅然と答えるトカゲの顔は赤みがかっていた。

 テーブル中央の七輪の上では、既に生の肉が乗せられており、肉の焼ける匂いと音が僕の食欲を刺激した。

 ハジメちゃんとユウキちゃんは隣合ったままくっついている。というよりはハジメちゃんの方は鬱陶しそうだった。彼女はなぜか男物の学ランを着ているので、ユウキちゃんが寄り添う姿は男女のカップルに見えた。


「では、人間も揃ったのでそろそろ始めようか」

 始めるも何も、僕が来るよりも先に飲み食いしているようには見えたが。そもそも、これはどういった催しなのか。

 トカゲは学ランから煙草を取り出して、火を付けた。

 当然店内にそれを咎める者はいない。

 局所排気装置に彼が吐いた煙が吸い込まれていく。

 気がつくと、対面のハジメちゃんも紫煙を燻らせている。

 肉の焼ける煙に混じって、視界がさらに白んでいく。

「集まったかね?」

 店の奥から声を掛けてきた男に、僕は顔をしかめた。

 最近学校の周りをうろちょろしている警察の噂を耳にしていた。

 僕はトカゲに煙草を消した方がいいのではないか、視線を送ったが素知らぬ顔をしている。

「申し遅れた。私は第三警察署の音田だ。まあまずは食べたまえ」

 私服の男は手帳も見せずにそういった。

 警察だって?

「だ、そうだ。今日は刑事さんの驕りだ」

 トカゲはそう言うと、目の前で焼ける肉たちを箸で皿に移す。

「おっちゃん、追加!」空の皿を手に店の奥に叫ぶ。

 対面で煙草を吸うハジメちゃんも罪悪感等々の感情がないのか仏頂面だった。しかし、隣にくっついているユウキちゃんは不安そうだ。

 そうこうしている内にやってきた追加の肉をトカゲが七輪の上で並べ始め、空のコップにウーロン茶とを注いでいる。

 そんな光景を目の当たりにしても、この音田という男も気にしていないという態度だった。

 七輪の上で美味そうに匂いを立てている肉を前に、何も手をつけずに帰りたくなってきたというのが正直なところだ。

なんだがね」

 テーブルの短辺に着いた音田が懐から茶封筒を取り出して、テーブルの上に置く。僕を含め、その場の全員がその封筒を目で追った。

 トカゲが封筒を持ち上げて、中身を見上げるようにして確認する。

 中に入っているのは、一万円紙幣のようだった。

「偽物のようだ」

 音田は自分の煙草を吸い始める。

「これはどこで」トカゲは興味なさそうに言う。

「学校に出入りしている業者から外に出て行ったものだ。結構出所探すのに苦労したんだぜ」

「ぱっと見では、本物みたい。よくできてますね」

 トカゲから渡された封筒を見ながら、ハジメちゃんが言った。一介の高校生に紙幣の真贋が分かるものだろうか。

「目がいいね。学校の売店から部活動の支払いなんか使われて、それが業者に回ったと推測しているが、どれだけの枚数があるのか検討もつかない」

「学校は、教師は知っているんですか?」

「それは検討段階」

「まだ学生が複製したと決まったわけではないのでは?」

「それも調査中。誰がやったにせよ。校内から外に出ているようなのは間違いないなさそうだし」

 トカゲはいつの間にかやってきたキムチを小皿に大量に盛って、その皿をユウキちゃんの前に置いた。

「ちょっと、何よこれ!」

 目の前にこんもり乗っているキムチの山に声を上げるユウキちゃん。

 ハジメちゃんがその皿をさっと取り上げて、

「カエサルのものはカエサルに」

 と言ってトカゲの前に置く。トカゲは不機嫌そうな顔をハジメちゃんに向けたが、すぐに音田の方を向いた。

「で、俺たちに調査してほしいと」

「まあ、そうだね。密偵というには些か不安だが、あんなデカい学校を調べ上げようと思ったら、大事になっちまうからね」

 具体的な方法について、音田と相談を始めるトカゲとハジメちゃんの喫煙者三人を僕は見ていた。ユウキちゃんも不安そうだ。巻き込まれて可哀想に。

「では、そろそろお開きにしようか。支払いは俺持ちでいいから。これでしばらく飲み食いしてもいいよ。君たちの財布に入っている金も本物とは限らないからね」

 音田は机の上に一万円札を二枚置いて帰っていった。女子二人は駅の方まで歩いていった。


 残された僕とトカゲは、時を忘れたようにその紙幣を見ていた。

「どうすんの?」

「どうするもこうするもない。あの悪徳刑事が、味を占める前にだ。ひとまず今は……」

 トカゲはもはやウーロン茶も入れない焼酎を飲み、二万円分の肉を貪り始める。僕もその消費を手伝ったが、欲望も底が知れぬとばかりに並べられる生肉の数々に、ボーズの手も借りたいと思った。

 結局、帰りに喰った肉を込み上げる不快感とともにぶちまけた。

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