2020/12/19作
厳つい男が部屋にいる。
身体はラガーマンを思わせるほどに筋骨隆々、頭は短い金髪。
通りで向こうから来たらちょっと嫌だなあという強面。
彼は私の同棲相手である。
「昔さぁ」
「え?」
男がこちらを向いた。彼は時間を気にしているようである。
「野球部の女子マネがどうこうって本があったよね」
男は電脳を活性化させて、ウイルス汚染等のリスクがないことを確認してネットにアクセスした。この間僅かコンマ二秒。
「あったね」
「私、その本で引き合い出される手引き書の作者の名前〈ドラッガー〉だと思ってて、薬物中毒が匿名で書いたのかなあって思ってたんだよね」
「突然何を言い出すんだ君は?」
男は困り顔で言った。案外に可愛い。
「いやあ、むくつけき男が犇めく野球部が悪い男に引っ掛かった女子マネの手に依ってヤリサーに変わっていく設定を考えていたんだよね」
次の本に、という言葉を忘れなかった。
「友達からインモラルな合同誌を頼まれてるんだけど、エロ本描くネタに困っちゃって。」
「……もうちょっとオブラートに包んで欲しい」
「ええー? これでもかなり包んだし、熨斗まで付けてるくらいだよ」
「……仮にも、警察官の前なんだからさ」
困り顔のまま私の前に立つ。仕事前のマッチョマンが着ているスーツはパツパツだった。
かくいう私は漫画家だ。
私と男は五年ほどの付き合いがある。結婚はしてない。
「あと、私。そういうダークウェブみたいなのに疎くて、ネタない?」
「そうは言ってもだね……」
思案顔の男は、これは別の部署の話なんだけどね、と言って続けた。
「国民の七割が電脳化した現代でも、粉モンはまだ出回っていて、これを取り締まるのが専らのお仕事だ。なんだけど、最近は妙に凝った物が出回り始めていて困ってるそうな」
私は相槌を打ちながら、目の前の端末でメモを作成する。
「電子ドラッグは分かる?」
「映像とか音声でお薬と似たような効果が出るっていうアレでしょ?」
「一般にはそう。一昔前なら、国もお咎めはしてなかったし、多くの媒体ではフィルタリングで視覚聴覚に作用する効果を減衰している。だが、最近市場に出ているのは、これとは異なる厄介な型でね。電脳に直接プログラムを注入するタイプだ」
「それって、ウイルスと何か違うの?」
「さあ、俺も専門家でないから分からない。そういうのはサイバー犯罪対策課の専門だから。ともかく、そのプログラムはネットにアップされてる訳じゃなくて、どうも電脳に有線接続して感染する」
あえて、感染するという言葉を使ったのは彼にも差異が判然としていないからだろう。
「こいつの存在が確認されたのは、火事で焼けたホテルから発見されたネーチャンの電脳を調べたところ、過剰なまでの脳内物質が分泌されていることが確認されたからだ。だが、外部から薬物を使った形跡もなかったし、不正なデバイスを所持していた痕跡もなかった。電脳にパッケージングされたドラッグが流し込まれていると考えられているらしい」
おっと、もうこんな時間だ、と男は慌てて部屋を出ていこうとする。
「なんだお前ら!」
突如、玄関の方で男が叫ぶ声と大きな音がした。
リビングに駆けてきたのは突入服を着た警察である。両手に機関銃を持っていた。
「動くな!」
「なんだってんだッ!」
玄関の方で取り押さえられている男が、放せと叫んでいる。
「お前らの会話は全部聞いていた」警察官の一人が男に吠えている。「お前、マトリの潜入捜査官なんだってな!」
上からうつぶせの状態で押さえられている男が藻掻いても振りほどけない。
「パッケージングされたドラッグは、推測通り電脳から電脳に直接送り込まれていたが、こいつは誰にも彼にもはたらくもんじゃないことが分かった。なんでだと思う?」
突入隊員が女に尋ねた。
「…………女にしか利かないから」
女は立ち上がり、手を挙げて抵抗する気はないことを示す。
「お前があの男に仕込んだドラッグは、潜入捜査先であいつと接触した女に感染し次の相手に蔓延した、そうだな?」
そっと頷いた。
「逮捕する」
手錠を掛けられた女が男の前を通ろうとする。
「俺がモグラであることを知って近付いたのか?」
「貴方と寝た人、とてもいい顔をしていたでしょう?」
男は血の気が引いたような顔をして女が歩いていく様を見送った。
彼女の薬指には、手錠はあまりにも大きすぎた。
文字数:1760(本文のみ)
時間:1時間(時間切れ)
お題:【薬】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
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