2020/12/18作 天を仰ぐ
「おはよーございまーす。準備中?」
「そうだよ。あんたも早くストレッチくらいしときな」
「あれ? 先輩は?」
「あっち」
「おお、なんだあれ。ヨガ?」
「ああ、あんたは先輩の準備運動を見るのは初めてか」
「うわぁ、先輩の腹筋凄い。女なのに、私の彼氏より凄いじゃん」
「それ、本人の前で言わないでよね」
「えーでも、あんなピチピチな恰好した女が座禅とかしてるのエロくない?」
「さあ? 私んち浄土真宗だし、あんまり見ないしなあ」
「お前ら、親鸞だかノーランだか知らんが早くストレッチはしておけ。稽古始めるぞ」
「「はーい」」
もうすぐ公演される舞台のためにも、私は神経を集中させていた。周囲の他愛ない会話などほとんど耳には入っていなかった。
しかし、座禅を組んでいたのはなにも稽古に身を入れるためだけではない。
私に与えられた役は、戦火に巻き込まれた盲目の修道女なのだが。
(どうしても最後のシーンのイメージが湧かない……)
舞台の最後、盲目の修道女は、戦火に呑まれて荒廃した町と逃げ惑う人々のために、天を仰いで祈りを捧げ、錯乱した兵士に撃たれた死亡する。
だが、盲目の修道女が見えぬ空の雲間から刺した陽光を感じ取るシーンをどう演じればいいのか分からなかった。
舞台の観客たちはスポットライトや背景を通して修道女を見られるが、演じる私には舞台上の天井とただ眩しいだけのライトしか見えてない。
本来は見えていない設定の空から刺してきた微かな希望を感じ取るにはどうすべきか悩んでいた。
演技指導に相談してもなかなか答えは出ず、
座長に相談しても、「演者に任せる」の一言だし。
致し方なく座禅を組んでは思案に暮れていた。
精神一到何事か成らざらん、とは思っていたがいつの間にか公演も間近に迫っていた。
例えば、普段はどういった時に空を見上げるか。
とても困ったとき?
寝るとき?
快感を貪っているとき?
いやはや、修道女たる彼女が絶望の最中にエクスタシー感じてどうする。
空、空、見えない空。
見えない空をイメージしてみよう。
例えば、そう、空虚とか。
空と言えば、
よく分からん、ゼロの概念か?
他には
現世の世界とか人々とかの意味だったかな。おお、それっぽいぞ。
でも、字面でセミのお腹を思い出してしまった。
生物の授業で男子が焼いて食べてたな……。
ああ、思考が、ぶれて、
発散していく……。
公演当日。
舞台は終盤を迎え、燃えさかる炎が町を飲み込もうとする場面。
私は舞台の真ん中で、惨憺たる有様の町を眺める修道女になっていた。
もうすぐ私は舞台袖から現れた兵士に撃たれて終幕となる。
スポットライトが眩い光で私を照らす。
「ああ、どうか――」
私は最後の台詞を喉が焼かれるような思いで発し、ロザリオを両手で持ちながら天を仰ぐ。
ナレーションの女の子が情景を感情豊かに読み上げていく。
「彼女は、雲の切れ間から差し込んできた天よりの陽に向けて、祈りを捧げるのです。破壊された町、逃げ惑う人々、争い殺し合う兵士たちへの、安寧を願って。ただただ祈るのであります」
舞台袖には、私の演技を見ている座長たちが見える。
バアアアアン。
劇場内に大きな音が鳴り響き、
私の身体はフラリと正面から倒れ込んだ。
下りた幕の向こうから観客の拍手が聞こえている。
演劇団員が忙しく、舞台上の小道具を片付ける中、座長と演技指導の男は舞台袖から話をしていた。
「なかなか良い演技だったじゃないか」と演技指導。
「最後ちょっと早かったな。銃声より早く倒れた」とは座長。
彼らは挨拶をするために、幕が上がっていない舞台上に出ていったが団員たちの様子がおかしい。
「どうした?」
「いや……彼女起きなくて」
それは酸欠で気絶した顔面蒼白の修道女だった。
文字数:1557
時間:1時間
お題:【空が見えない場所】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
感想:今回は初めてプロットを書いてから、やってみました。
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