第8話 流人
「さてと、昼めし食べに行こう」
三人はバロンに教えてもらったレストランを目指して街中を進む。もちろん行きと同じ三人並んだ腕組みスタイルである。
「ところで安請け合いしちゃって大丈夫なの?」
「うむ、あの鍛冶屋の言う通り魔法銀は手に入らぬわけではない。焦らずとも良いのではないか?」
二人が心配そうにリクに尋ねる。
「うん、もちろん危険だとは思う。でもさっきの話で気になることがあったんだ」
エルとルーシーは黙ってリクの言葉を待つ。
「バロンは近年魔素濃度が濃くなったと言っていた。それでもしかしたら竜種が棲み付いたんじゃないかなと思って。俺は最初魔素濃度の濃い場所を好んで竜種が棲むと思っていたんだけど、ある程度の濃度があれば、後はそこの環境を気に入るかが大きいんじゃないかと思ったんだ」
その推理に二人が成程といった様子で唸る。
「竜種が棲むことで魔素濃度が濃くなる…。その可能性は確かにあるわ」
「つまり今回のベルファス火山への遠征は、竜種の調査と魔法銀採掘の一石二鳥となるという訳か」
「そういう事。竜種の方は空振りでもいい。それはそれで今後の遠征先を決める要因になるしな」
「うむ、理解した。流石旦那様じゃな」
「考え無しの筋肉バカではないという事ね」
程なくして目当てのレストランにつくと、さっそく入店する三人。
その店の外観、内装、メニューを見てリクが呆然としする。
「…なんで…」
そんなリクの様子を不思議そうに見る二人。
「旦那様、どうされたのじゃ?」
「確かに他の国では見られない珍しい建物とメニューだとは思うけど、どうかしたの?」
そんな二人の問いかけに、リクははっとして二人に向き直る。
「この店の雰囲気とメニューが、元の世界の物にそっくりなんだ…」
リクの言葉に二人は驚愕する。
「もしかしたら、この国にもかつて俺の様な召喚者がいたのかも…」
「確かに召喚魔法はかつて、この大陸が一つの国であった時からあるものらしいわ。それなら各国に召喚者がいたとしても不思議ではないわね」
「しかし故郷の料理が食べられるのは僥倖であるな、旦那様」
「そう…だな。とりあえず色々食べてみよう」
その店はいかにも和食といった雰囲気でありながら、メニューはファミリーレストランのように和洋中なんでもござれというカオスな物であった。
―メニューに添えられている説明を見る限り同じモノっぽいな…―
「ねえ、良く分からないからリクが好きなものを選んで三人で食べましょうよ」
「分かった、じゃあ定番でカレーとラーメン、ハンバーグだな」
―我ながら子供っぽいチョイスだと思うけど、食べなれたものでないと比較できないから仕方ない―
「それにしてもリクのいた世界の食べ物かー。楽しみ」
「うむ、もしかするとこの国には食べ物の他にも、色々な物が伝えられておるかもしれんな」
「そうだね。じゃあ遠征は明日からにして、食べ終わったら買い物に行こう」
三人で雑談をしていると、料理が運ばれて来る。
「このカレーライスと言うのは旨いな。スパイスが良く効いておる」
「ハンバーグもいけるわね。こんな風に肉を細かくする料理なんて初めてだわ」
リクは未知の料理に舌鼓を打つ二人の様子を確認して、当然のように置いてある箸を使い音を立ててラーメンをすする。
「確かにラーメンだ…これは嬉しいな」
その様子を見る二人は怪訝そうな顔だ。
「旦那様、音を立ててものを食べるのはマナー違反ではないのか?」
「そうよ。下品じゃないかしら?」
「いやいや、ラーメンはこうやって食べるものなんだよ。ちょっと食べてみなって」
まずはエルに渡して食べさせる。もちろん箸ではなくフォークである。
「うーん、確かに美味しいわ。でも音を立てるのは…そういうものだって慣れるしかないのね」
続けてルーシーもフォークを使って麺をすする。
「このスープがよいな、麺の味を引き立てている。魚の様な風味がするがどうやって作っておるのか…」
ルーシーは料理をするだけあって、作り方にも興味があるようだ。
きれいに完食し、三人とも大満足でレストランを後にした。
店を出で改めて周りを見渡すと、同じような和風の建築が所々に見られる。
―行きに通った道には無かったから、このあたり一帯に固まっているのかな?-
そんな疑問を持ちながら、そのうちの一軒に入る。
そこは様々な食材を取り扱っている店で醤油や味噌といった調味料から、米や干物、豆腐、果ては日本酒らしき物まで売っていた。
「見たことない物ばかりじゃな。旦那様はこれらが何か分かるのか?」
「ああ、ほとんどの物は分かるよ。といっても俺はそこまで料理に詳しいわけじゃないから、調理法とか分かればいいんだけどな…」
リクが残念そうに言うと、耳ざとくそれを聞きつけた店員が声をかけてくる。
「お客さん外国の人かニャ?」
真っ赤なショートヘアーに金色の目、良く聞こえそうな猫耳を持つ獣人がそこにいた。
「ええ、スプール王国から来ました。」
リクの答えに、猫獣人が驚いたように声を上げる。
「またずいぶん遠いところから来たものだニャー。新婚旅行かニャ?」
その言葉にエルとルーシーは顔を赤らめる。その様子を見てリクは悪そうな笑みを浮かべて答える。
「こ、こ、婚前旅行ですね」
言ってみたはよいが、自分の発言に顔が真っ赤になり崩れ落ちそうだ。そして婚約者二名は顔を両手で覆って膝から崩れ落ちている。
「ニャ、ニャンか二人が崩れ落ちているけど大丈夫かニャ…」
二人の様子を心配そうに見る猫獣人が改めて自己紹介する。
「ウチはここの店長ミアだニャ。そんなに丁寧に話さなくてもいいニャ。さっきちらっと聞こえたんだけど調理法が知りたいのかニャ?」
「分かった。俺はリク。こっちはエルとルーシー。さっきそこのレストランで食事したらすごく美味しかったんでね」
「フフフ、あの店もウチが経営しているのニャ。そういうことならレシピ本があるから、買っていくといいニャ。一通りのレシピと食材の説明が書いてあるから便利だニャ」
―へー、まだ若そうなのに二つの店舗の経営者だなんて、人は見かけによらないな―
そのときピンと立ったミアの両耳の間にゲンコツが落とされた。驚いてゲンコツの主を見やると、リクより頭一つ分大きな体に黒髪と黒耳、そしてミアと同じ金の目を持つ獣人がそこにいた。
「痛いニャ!」
「いつからここがお前の店になったんだ。バカ娘が」
「将来ウチの物になるんだから同じことニャ」
「ふざけた口調しよって。ちゃんと接客せんか!」
「あだっ!!」
もう一発ゲンコツが叩き込まれ、ピンと立った耳もすっかり萎れている。やれやれと肩をすくめたミアの親らしき猫獣人から声をかけられる。
「すみません。うちの娘が失礼なことを。私が本当の店長オルトです」
「リクと言います。気になさらないで下さい。私も堅苦しいのは苦手ですので」
「そう言っていただけると助かります。それでレシピ本をお探しという事でよろしかったでしょうか?」
「ええ、あとは一通りの調味料と米を10㎏に煮干、昆布、えーっと、豆腐と若布もお願いします。後は…」
目についた食材や調味料、調理器具まで手当たり次第購入していく様子を見て、オルトが口を開く。
「承知いたしました。それにしてもずいぶん流人料理にお詳しそうですね?」
「流人料理…ですか?」
三人が不思議そうな顔をするのを見て、オルトが説明を始める。
「はい、かつて我が国に現れた出自不明の方を流人様と呼び、その方が広められた料理の事をそう呼んでおります。他にも流人様が広められた道具や、物事の考え方など、様々な流人様の遺産がこの国には多く残っております」
「ふむ、今はその流人様とやらはおらぬのか?」
羞恥から立ち直り、静かに話を聞いていたルーシーが口を開く。
「ええ、今はいないとされております」
「んん?何やら含みがある言い方ね?」
エルも漸く会話に参戦する。
「はい。公にはされておりませんが、国の中枢にいるのではないかと噂されております」
「要するに聞いたこともないアイデアが、今も生まれ続けているという事ですか?」
オルトが頷いてから答える。
「ええ、道具や調理法。果ては国家の運営システムまで。とは言えその恩恵に与ることが出来ているので文句はありませんがね。恐らく他国からの引き抜きなどを警戒しているのではないでしょうか?」
「そういうことですか…。しかしそんな話を私たちにしてよいのですか?」
少し考えこんだリクがオルトに再度尋ねる。
「あくまで噂ですしね。実際に見たところで、どの方が流人様かなんて分かりませんし」
「それもそうですね。貴重なお話を聞かせていただきまして、有難うございました。」
「いえいえ。そのご様子でしたら、うちの常連になっていただけそうですしね。一種の先行投資ですよ」
「ええ、この国には長く滞在することになりそうですし、贔屓にさせていただきますよ」
「宜しくお願いします」
「また来てニャー!」
懲りない様子で手を振るミアに手を振り返しながら三人はオルトの店を出る。
「ねえ、この国にしばらく滞在するって本気なの?」
人目につかないところで買ったものを収納しながらエルがリクに尋ねる。
「それなんだけど、各国の首都に小さくてもいいから家か部屋を買って、転移の魔道具を置いたらどうかなと思って」
「あー、それはいいかもね。各国に拠点があれば便利そう」
エルが納得し、ルーシーが会話を続ける。
「では他国にも置ける様に、上質な魔石を集めねばならんな」
「ああ、それに関しては明日からの遠征である程度集まると思う」
「それもそうじゃな。それでは明日に備えて今日は帰るとするか?」
「「賛成」」
エルが杖をかざすと、黒いゲートが出現し三人は中へと消えていった。
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