明日の楽しみ今日のシャコ

へりぶち

ワンドロ

目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。

それは、昨日自分がバラバラにして海に流した夫だった。


が、死体の事はどうでもいい。

死体があるのは、どうでもいい。

夫である事も私にとっては、どうでもいい。

問題はバラバラにしたはずの死体が継ぎ目なく、綺麗にひとまとまりにそこに存在していた事である。


超が何個もつくようで、しかし日本にはどこにでもあるような田舎に住む中年の私は、ありきたりだった。

あまりにもありきたりだったので、あまりしないような事をしてみた。


夫を殺してみたのだ。

別に、特に理由はない。

酒癖が悪く怒鳴られても、蹴られても、搾取されても、虐げられても、貶されても私にはそれが理由になる事はなかった。


だから「今かなぁ」となんとなく、朝ごはんを作っていた手を止め髭を剃りに向かった夫を刺してみたのだ。


そうしてどうせなら細かくしてみようと夫が酔っ払って通信販売で買った高枝切り鋏やノコギリ、猟友会に入って仲間に勧められて買った肉を挽く機械で処理をしていたが、切っていた途中で飽きたので夜中に近くの海に行って捨てたのだった。


そして話は冒頭に戻り、目の前に細かくなる前の夫がいる。

そして、傍らには美しい女性がいた。


「どちら様でしょうか」と尋ねると

「私はシャコです」と美しい女性は答えた。

細かくした夫が元通りそこに存在するならば、なるほど、シャコが美しい女性となりうちへ訪ねてくるのも不思議ではない事だ。


「そのシャコさんが何のご用事ですか?」と尋ねるとその美しいシャコは私に微笑み、

「この人間は大変美味しゅうございました。私の勤め先の宮殿には具合の悪い姫様がいらっしゃったのですが、細かく切られたこの人間の味を気に入ったらしく食が進み今朝は久方ぶりに元気な姿を拝見できました。これは姫様のお父様であらせられる海神様からのお礼の品です。」


「ははぁ、それはよろしゅうございました」とつられて口調がうつったが、はてさてこの夫をどうしたものか。

継ぎ目なく元通りの夫として横たわった今、突然死したとして何食わぬ顔で病院に駆け込める事もできるのだが、それではありきたりでない事をした昨日の私が阿呆のように思えてくる。


はてさてどうしたものか。

ふと件の姫様が夫の味が気に入ったと言うので、それならば夫を差し上げましょうかと提案した。


「よろしいのですか?」

「えぇ、今日の夜は嵐ですもの。」


夫は嵐の夜に海に婿に行ったのだ。

そう近所の人に言ってみよう。

きっとありきたりでない明日が待っているはずだから。

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明日の楽しみ今日のシャコ へりぶち @HeriBuchi1

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