一番大切な才能は?

 かなり昔の話なんだけど、俺、小説の神様に会ったことがあるんだ。


 小説に興味があったわけじゃないし、物語なんて一度も書いたことがない俺の眼の前にそいつは急に現れて、


 こんなことを言ったんだ。


「お前が小説家になるための才能を三つ与えよう」って。そいつは、小説のしの字も知らないような俺に、選択肢を並べて、「さぁ、選べ」と続けたんだ。そこには小説家を志望するような者なら喉から手が出る欲しいだろう、才能の欠片たちが七、八個は並んでいたかな。


 小説に興味がなかったら必要ないだろう、って?


 友達ってほどの関係じゃなかったんだけど、高校時代の同級生に小説を書いてるやつがいて、さ。コンテストに応募するために、隙間の時間を見つけては毎日こつこつと文章を書いていたらしくて、一度あいつに聞いたことがあるんだ。「コンテスト用の小説って、どのくらいの量、書くんだ?」ってね。その量の多さにめまいを起こしそうになったよ。俺なんて小学校の頃、作文が一行も書けなくて居残りになったくらいなのに。正直、すこし馬鹿にもしてたんだ。その時間、受験勉強にでも費やしてたら、あいつならもっと有名な大学に入れただろうし、苦労の大きさに対して実りがすくない感じがして、俺はもっと、てっとり早く、楽に成功したい、って思っちゃったんだ。


 卒業するすこし前くらいだったかな。あいつの書いた小説が結構名の知れた小説コンテストで佳作になったんだ。有名な文芸誌に作品も掲載されたらしくて、……と言っても俺は小説雑誌のことなんて何も分からないから、あまりぴんと来なかったんだけど、でも、それまでどちらかと言えば目立たなかったあいつが急に学校内で注目を浴びだす姿は嫌でも目に付いた。柄にもなく誰にも見つからないようにこっそりその雑誌を買ったりしてな。なんだよ、こんなもん俺にも書けるわ、なんて思ったりもしたな。妬ましかったんだろうな。小説であることはどうでも良かった。ただただあいつが脚光を浴びる姿に、心の内でもやもやとした感情がめぐっていた。プロ野球選手とかは逆立ちしても無理だけど、あのぐらいなら……ってね。


 あの神様に出会ったのは、その出来事のすぐ後だった。なんで俺に……、って思ったけど、こんな気持ちがあったから、俺もその才能が欲しくて仕方なかったんだ。




・優れた文章力

・先の読めない秀逸な展開

・誰も思い付けない斬新なオチ




 この三つの才能を選んで、その神様から「確かに渡したぞ」って言われたんだけど、いまだに俺自身、本当にこの能力を得たのかどうか知らないんだ。だって俺は結局、一度も小説を書けなかったから。


 小説を書きたい、っていう衝動もなければ、一歩目を踏み出そうとする度胸もなかったから。他力本願から始まるスタートじゃなかったら違う結果になっていたのかもしれないな。


 えっ、あいつ?


 書店に行けば、あいつの本が普通に並んでいるよ。この間、あいつと偶然呑む機会があって、酔った勢いでこの話をしたら、笑いながら「志賀直哉?」って言われて、その時は意味が分からなくて首を傾げるしかできなかったよ。


 なんでこんな話をしたか、って?


 いつかお前が、やりたいこと、これからのことに悩んだ時のために頭の片隅にでもとどめておいて欲しい、と思ったからだよ。

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