その演技は、いつも最高だ!

 同級生のスターはあなたにとって、どんな存在だろうか。誇らしい存在だろうか。あるいは妬ましい存在だろうか。もちろんひとそれぞれ色んな感じ方があると思うけれど、僕にとっては、とても複雑な存在だったりする。誇らしさもあるけれど、その一方で、いまの自分と比べて妬ましく感じてしまう。その関係性が近ければ近いほど、その活躍を素直に喜べない相手だったり、と。


 あなたはそんな感情を抱いたことがあるだろうか。僕はそういうひとって意外と多いんじゃないか、なんて思ってる。


 例えばそのひとりに彼がいる。リビングに置いてあるパソコンを使って娘が動画配信されているドラマを見ている。娘がいつも楽しみにしている青春ドラマで、ちょうど娘の後ろですこし遅い夕食をとっていた僕の目に入ってくる。場面は主人公の高校生が街のヤンキーと強面のおじさんの喧嘩に偶然巻き込まれるシーンみたいで、いまどきベタなシーンだな、と娘の背後からぼんやりと眺めていると、そこに見知った顔があった。


 いまも元気でやっているんだな、と感慨深い気持ちになる。


 彼とは、同じ高校の同級生だった。


 彼の成功は心の底から嬉しいし、誇らしい。でもいまの地味な自分と比べた時、そこに悔しさや妬みのような感情がないと言えば嘘になる。特に彼に関しては、彼がお芝居の世界に入るきっかけになったのは僕だ、という想いもあったので、その感情はより複雑だった。


 彼と初めて話したのは高校二年の秋で、僕は演劇部の部長、彼はその高校で、一、二を争うほど有名な不良だった。




     ※




 まず校内一の不良と僕が知り合うきっかけについて語る前に、


 誤解がないように言っておくと、僕は不良ではないし、不良の友達もまったくいない。どちらかと言えば、喧嘩だったり校則を破ったりのようなことはできるだけ避け、目立たない地味な学園生活を送ってきた人間だった。隣のクラスにいる彼が超有名な不良だ、とは知っていたけれど、関わる日が来るなんて僕自身が一度も考えていなかった。だから初めて彼に話し掛けた時、とんでもない勇気が必要だったことは知っておいて欲しい。


 彼は、茶に染めた髪に剃った眉毛と怖い雰囲気を隠そうとしなかったけれど、顔立ちはアイドルをしていてもおかしくないような端正で、すこし幼めな顔立ちをしていた。いかにも不良っぽい出で立ちをすることで、その幼さや端正さを誤魔化しているようにさえ見えた。


「あの……。うちの演劇部の出し物に出てくれませんか?」


 これを彼に言った時、僕の声は不安で震えていたはずだ。


 我が演劇部は、部活、という言葉を使ってもいいのかどうか迷うほど、部員数のすくない弱小演劇部で、さらに部員数の比較的多かった三年生が引退して、秋の文化祭への参加には諦めムードが漂っていた。それでもせっかくの部活動なんだから、とすくない中で、なんとか文化祭の公演を目指していた。先生の了承を取り付けて、成立できる劇も決まったところで、不良役の生徒が急に部を辞めてしまって、どうしてもあとひとり欲しい、という状況になってしまっていた。


 誰か適任は、と考えた時、頭に浮かんだのが彼の顔だった。彼の名前を出した時、他の部員の反応はすこぶる悪かった。当然の話だ、と思う。校内でもトップクラスの問題児との関わりなんて、できれば避けたいだろう。別に文化祭の出し物の、しかも脇のちょっとした役なんだから、そこまでこだわらなくても別に誰でも、といった感じで、反対意見がほとんどだった。


 でも僕は譲れなかった。


 細かい部分が気になって仕方ないひと、っていると思うけれど、僕が典型的なそういうタイプで、それに依怙地になっていた部分もあるような気がする。彼以外にはありえない、という気持ちになっていた。


 舞台に映える顔、生まれながらに他者の目を惹く存在。


 努力を否定するわけではなく、でも間違いなくそういう生まれつきの才能はある、と僕は思っていて、僕の見る目が誤っていなければ、間違いなく彼にはそれがあった。


「やるか。そんなもん」


 と最初は冷たく一蹴されたものの、何度もお願いしに行くうちに、彼の態度は軟化していった。僕も僕で彼との会話に慣れていき、最初に抱いていた怖さ、みたいなものはなくなり、演劇部の助っ人ではなく、演劇部の一員として文化祭以降も一緒に活動してくれることになった。


 最初は腫れ物を扱うように接していた部員たちも徐々に打ち解けていき、いつしか彼の不良性は僕たち部員にとって、演技のうえの魅力のひとつくらいのものになっていた。


 三年の引退公演前、最後に交わした言葉はいまもはっきりと覚えている。


「なぁ、俺、演技の世界に行きたい、って思ってるんだ」


 と彼が緊張した表情で、僕に話し掛けてきたのだ。


「厳しい世界らしいけど、行けるよ。お前なら」


「ありがとうな。誘ってくれて」


 誘ってくれて、という部分は、ぼそぼそとしてはっきりとは聞き取れなかったけれど、伝わった。


「こちらこそ。さぁ、この演劇部でのお芝居はもうすぐ終わりだ。高校最後、最高の演技を見せてくれ。お前の得意な不良の役だ。体当たりの演技を頼む」




     ※




 いまや彼は、映画にドラマに、と物語には欠かせない名脇役として引っ張りだこだ。


 娘の見ているドラマに映る彼の姿は、あの頃よりも円熟味が増している。娘にはそんな昔話はしないが、もし言ったらどんな反応をするだろう。ちょっと気になるけれど、照れ臭いのでやめておくことにする。


 同級生のスターは僕にとって、誇らしくも妬ましい存在だ。だけどすくなくとも彼に関しては、何よりもまず誇らしさが先に立つ。活躍が嬉しい。妬みはほんのちょっぴり、でもそれは、僕ももっと頑張ろう、と背を押されるような前向きなものだった。


「あっ! やんのか、こらぁ!」


 日本一肩をぶつけるのが上手い俳優として有名になった彼が、映像の先でいまも怒鳴り声を上げている。


 彼のの演技は、いつも最高だ。

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