自薦ショートショート置き場
サトウ・レン
葬儀がもうすぐ終わる
喪服の黒が横に列を成している。
俺もその列の中にいて、後は骨になるだけのひとりの女性を入れた棺から目を離せずにいた。そんなに頻繁に顔を合わせてきた関係ではないが、大人数の中にいてもひと際目立つ顔立ちが印象的なその女性の顔はしっかりと思い浮かべることができた。
最初に彼女の死に顔を見たのが俺で、その美しさを残したままの死体に惹かれ、まだ生きているのではないか、と疑ってしまうほどだった。
喪主であるその女性の夫は喜怒哀楽を出さないように努めているのか表情からその感情を察することができない。
今、このひとは何を考えているのだろう。俺の頭にふとそんな思いがよぎる。俺の内心に気付いたわけではないだろうが、その夫と目が合う。やはり感情は読めないが、言いようのない圧を感じる。
後は焼かれて骨になるだけ。
彼女が焼かれれば、俺の罪も灰になってくれるのだろうか。
この夫婦と俺の関係は遠い親戚、というくらいのものでしかなく、もともとは不審に思われないため、通夜にのみ出席するつもりだったのだが、親戚同士の話の流れであれよあれよ、という間に葬儀に参列し、火葬場にまで同行することになってしまった。
彼女の死を悼み、涙ぐむ人々の中にあって、俺はこの場にもっとも居合わせてはいけない人間だった。
「なんで、まだまだこれからだったのに……」「死ぬ、って、それだけで、つらいのに、殺された、って……」「犯人はまだ……」と、ひそひそ話はしゃべっている側が思っているよりも、周囲の耳に届いているものだ。通夜から葬儀、そして今にいたるまで、そんな会話を何度聞いただろうか。最初のうちは精神が摩耗していくような感覚を抱いていたが、いつの間にか麻痺して不安や恐怖を感じないようになっていった。
そんな周囲の声よりも、何よりも俺の精神をさいなむのは、彼女自身だった。
彼女のあの死に顔が、また頭に浮かぶ。
急に目の前の棺を開けて、生きた彼女が俺の罪を告発するのではないか。そんな妄想がどれだけ拭っても消えず、早く焼かれてしまえ、と俺は願っていた。
彼女は、通り魔、に刺されて殺された、と言われている。
その通り魔は俺だ。だけど俺は場当たり的に理由もなく彼女を殺したわけではない。
事前に計画を練った上で、目的を持って俺は彼女の命を奪った。だから俺は殺人者ではあるが、通り魔などではない。
彼女に恨みはないが、殺さなければならない理由があった。
彼女が燃やされた、としても警察の捜査が緩むわけでもないだろうが、すくなくともひとつの区切りにはなるような気がした。
「なぁ、おい……」
思考をさえぎるように、俺の隣から怯えの混じった男性の声が聞こえた。
「ひ、棺が……」
「棺がどうしたのよ?」と、その男性の声にさらにその隣の女性が反応する。
「う、動いた。今、間違いなく――」
心臓が激しく鼓動し、その緊張に耐えられず俺は思わず叫び出しそうだった。手のひらに自分の爪を立てて、その痛みで俺は言葉を押し留める。わずかにでも他者から不審に思われてはいけない。
だが耐えられたのは俺だけだった。
「なんてこと言うんだ! 妻の死を侮辱するな!」
先ほどまで静けさを保っていた彼女の夫が、豹変したように怒鳴った。
彼女が生きていては困る人間であり、この場に居合わせてはいけない彼女の死を悼めない人間が、俺以外に、もうひとりいる。
俺はまた目が合う。
彼女の夫であり、喪主であり、そして依頼者である彼、と。
落ち着きを取り戻したように、こほん、と彼がひとつ咳をする。
「取り乱して、すみません……。まだやっぱり彼女の死に対して、冷静になれていないみたいで」
そうだ……ばれてはいけない。
俺たちはひとりの女性の死を、金に換えなければならないのだから。
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