第326話 11月13日(特別苦いのでお願いします)

 買い物カゴを覗き込むなり、彩弓さんは「おっ、今度はちゃんとメークインだね」と感心したように頷く。

 一応、彼女なりに褒めてくれていることはわかるのだが――、


「はぁ……」


 ――今の私に、わかりにくいトス褒め言葉を捌くことは難しかった。


「明日……本当に肉じゃがで大丈夫ですかね?」


 肉じゃがの材料である玉ねぎを手に取った瞬間、つい口から弱音がこぼれてしまう。

 だが、不安に苛まれる私と違い、彩弓さんは楽し気だった。


「大丈夫よ」


 そう言って、彼女はひょいと取り上げた玉ねぎを値段も見ずに買い物カゴへ放り込む。

 そして、にっと歯を見せて笑うなり――、


「同じ失敗を何度も繰り返すような子じゃないでしょ? ちーちゃんは!」


 ――私の手を引いて歩いた。


「ほら、次はお肉コーナー行くよ!」







「……よし」


 開いていたレシピ本を閉じた瞬間、脳内で作り方のおさらいが始まる。

 何人もの自分がコマ割りの中で黙々と調理を進めていく中――、


「作り方の復習か?」


 ――完成目前という所で彼の邪魔が入った。


「……今、あなたのせいで肉じゃががダメになりました」


 せかせかと働いていた脳内ちなみの私の分まで彼を睨む。

 すると、彼は申し訳なさそうな顔をした後で「悪かったよ」と口にした。


「別にいいです。けど明日の調理中に今みたいな割り込み方をしたら怒りますから」


 重なっていた目線を逸らしてすぐ「了解」という言葉が耳に届く。

 続けて「当然、助言もしないでくださいね」と念を押したところ……少しだけ返事に間が空いた。



 しばらくして、レシピ本を片付けたテーブルの上には教科書やノート、筆記用具が並んでいた。

 いや……それだけではないか。


「本当は、さっきコレを差し入れるつもりだったんだけどな」


 気付いた時には、そんな台詞を添えて筆記用具の傍へマグカップが置かれていた。

 そして――、


「……眠気覚ましの珈琲ですか?」

「逆だよ。それは眠くなるおまじない」


 ――手に取ったマグカップの中身は……珈琲とは真逆の色をしていたのだ。


「……ホットミルク?」

「寝る前の定番だろ?」


 直後、壁に掛けられた時計へと視線を向ける。

 カチコチと踵を鳴らす二本の針……彼らは今にも日付けを跨ごうとしていた。

 けれど――、


「……シンデレラじゃあるまいし。受験勉強は十二時に終わる舞踏会じゃないんですよ?」


 ――大人しく就寝なんて選ばない。

 私はマグカップを飲み干すなり、彼へと突き返した。


「……おかわりです。今度は珈琲でお願いしますね」

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