第327話 11月14日(ん、同じ味だ……)

 作り始める前は『失敗したらどうしよう』と不安だった。

 でも、調理を始めてしまえばなんてことはない。

 頭へ叩き込んだレシピ通りに肉じゃがが完成するまでのステップをこなしていくだけだ。

 彩弓さん達から教わったことをただ淡々と再現していき、一度犯した過ちは二度しない。


(ジャガイモはメークイン。小さく切り過ぎない……よし)


 そうして、ひたすら教わった通りに調理を進めていくと……だんだん機械的に作業をしているだけな気がしてきた。


(料理上手な人って、もっと自己流の隠し味を使ったり、作り方を変えたりして、レシピ通りに作らない印象だったんだけど……実際は違うのかもしれない――)


 菜箸で型崩れしていないジャガイモをつまんで、口の中へ放り込む。

 初めて誰の手も借りずに作った肉じゃが……それは三人で作った時と同じ味がした。



(――きっと……よかったと感じたものを積み重ねて、少しずつ上手くなっていくんだね)



 収まった筈の緊張は「それじゃ、いただきます」と、母が箸でジャガイモをつまんだ途端にぶり返した。


 しかし、


「ん……母さんのよりも、ちょっと甘めね」

「……そう?」

「でも、美味しいわ」


 『美味しい』という一言を聴けた瞬間、心はほぐれていった。


「……良かった」


 一人で胸をなでおろしていたら、父からも「美味しいよ」と言う感想が聞こえてくる。

 彩弓さんも満足げに頷きながら箸を進めているし……最初のお披露目は上手くいったようだ。

 そして……、


「どうですか?」


 ……静かに肉じゃがと見つめ合っていた彼へ感想を求める。

 すると――、


「ちな、ちょっと屈んでみろ」


 ――予想しなかった言葉が返って来た。


「……?」


 不思議に思いつつ、身を屈める。

 だが彼は「もう少し」と言って、さらに私を縮こまらせた。


「…………」


 視線の高さが座っている彼の胸元に届かない。


「何ですか、これ」


 見上げて文句を告げるなり、彼は独り言のように呟いた。


「前は、キッチンの影に隠れて見えなかったんだよ」

「……何が?」

こっちダイニングから、ちなが。小母さんの手伝いでキッチンに入った時」

「何年前の話をしてるんですか」


 呆れて立ち上がった直後、彼が「だよな」と頷く。


「もう、一人で色々できるんだもんな」


 その後、どこかしみじみと食事へ戻る彼に溜息をつき――、


「それ、気付くのが五、六年遅かったんじゃないですか?」


 ――私は背中を向けてから、こっそりと笑った。


「でも、そうですね……まだ、子どもですよ。私は」

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