第309話 10月27日(ふぅん、なるほどね……)
言うまでもなく私は受験生だ。
けれど、幸い志望する大学は難関と呼ばれる程ではない。
まあ、それが勉強をしない理由にはならないのだけれど。
でもまあ……勉強の合間に新しい趣味を探すくらいは許されるだろう。
◆
放課後、商店街の書店に立ち寄った。
しかし、今日は小説を漁りに来たのではない。
目的は、
そう……だったのだが――、
「……はぁ」
――お行儀よく並ぶ背表紙を見ていても、ピンと来るものがない。
盤上遊戯なら囲碁やチェス、レジャーからは釣りに登山。
その他、ご家庭でできる菜園やら、屋内で行うホットヨガなどなど……。
入口はいくつもあるのだが、本を手に取る気さえ起らなかった。
そして、それらの本がまとめられた本棚を端から端まで見終わってから気付いてしまう。
もしかして、こういうのは最初から『何か』に興味を抱いて来た人が手に取っていくのでは?
間違っても、私のような無趣味な人間が『何かおもしろいことがあったら始めてみようかな』などという受け身な姿勢で読み漁るものではないのかもしれない。
(……英単語でも眺めてた方が有意義だったかな)
通学鞄を背負い直し、さっさと帰って勉強でもしようと考える。
だが、くるりと踵を返した直後――、
「……あれ?」
――今まで見ていた本棚とは別に趣味、実用書をまとめてある一角が見つかった。
しかも、先程までとは違い、ピンと来る背表紙に出会ったのだ。
気付いた時には指先で背表紙に触れ、表紙と目が合っていた。
「……『バリスタが伝えたい。付き合い方を変えれば珈琲はもっと美味しく、楽しくなる』?」
帯に書かれたアオリ文がつい口を衝いて出る。
試しにページをいくつか捲ってみると、イラストを用いながら珈琲に関する様々なことが書かれてあった。
珈琲豆の種類や選び方、珈琲の淹れ方に楽しみ方まで……中でも目を引いたのは、サイフォンの使い方が記載されている部分だ。
「…………」
さわりだけ読むつもりが、いつの間にか十数ページは読み進めていた。
これで淹れ方を学べば、一人でサイフォンの使い方もマスターできるだろう。
(……これ、良いかもしれない)
ネットで検索すれば簡単に出てきそうな情報の束が、高揚感と共に価値あるモノへと変わっていく。
パタンと本を閉じた時、頭の中にはどうしようもなく彼の驚く顔が浮かんでいた。
「……1500円か」
値段を確認して、躊躇することもなく……私は本を持ってレジへ向かった。
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