第294話 10月12日(ん、じゃあね……)
図書室の窓から差し込む光がだんだん
走らせていたペンを止めると、細い溜息が漏れた。
「茉莉、どんな感じ?」
向かいに座る親友へ話し掛けるが……机に突っ伏した彼女から返事はない。
「うぅ……」と低い唸り声が聞こえるので寝ている訳ではないみたいだけれど、これ以上勉強会を続けても意味はなさそうだった。
「……そろそろ終わりにして、何か甘いモノでも食べて帰る?」
打ち捨てられた毛布みたいにしわくちゃなカーディガンを羽織る背中がぴくりと動く。
その後、茉莉はゆっくり上体を起こすなり「……いく」とか細い声で呟いた。
「……これ、かえしてくるね」
図書室の本を抱えて立ち上がる姿は、関節がゆるゆるになり自立出来なくなった玩具みたいで見ていて危なっかしい。
ふらふらしながら歩行する背中に「大丈夫?」と声を掛けても「へーき」なんて言われて不安が増すだけだった。
◇
「あ! 向坂さん、良い所に」
図書室から出て下駄箱へ向かう途中、担任に声を掛けられる。
「……はい?」
何の用だろう? と、頭に疑問符を浮かべていたのだが――話を聞き始めるとすぐに文化祭の用件だとわかった。
最後に数枚のプリントを手渡され「それじゃあ、また明日」と別れを告げられる。
担任の背中を見送った後で集中力が毛ほどもなくなっていた茉莉から「結局、何だったの?」と訊ねられた。
「ん? なんか名前書いて提出してほしいんだって。文化祭委員とクラス委員にだけ配られるやつだから茉莉は気にしないでいいよ」
「そうなの?」と首を傾げる茉莉に頷いて、通学鞄から筆記用具を取り出す。
廊下の壁を下敷き代わりにプリントへ記名した後、「よし」と声が漏れた。
「先に下駄箱で待っててくれる? これだけ今から出してくるから」
直後、間延びした「いいよー」という返事を合図に――、
「じゃあ、後で」
――人気のない廊下を走り出した。
◇
職員室へ着いた瞬間、独りでにドアが開いて――、
「失礼しました」
――中から出てきた夕陽とばっちり目が合ってしまった。
こうもバッチリ目線が重なってしまえば……もはや、言葉を交わさないという選択肢はない。
だが、ぴたりと脚が止まり、なんて話しかけようか逡巡している間に……、
「智奈美も、文化祭の?」
また、夕陽に遅れを取ってしまった。
「ん……夕陽も?」
「まあね」
たった一言二言、言葉を交わし、「じゃあね」と別れを告げる。
そんな素っ気ないやり取りを、どこか嬉しく感じていた。
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