第291話 10月9日(……ちょっと前進、かな)
文化祭当日。
「次、チーズたこ焼きお願いします」
隣接した模擬店や押し寄せる客の声量に負けないよう声を張っただけで、
「今日はテンション高いねっ」
と、茉莉にからかわれてしまった。
確かに楽しくはある。
でも、茉莉の言葉をただ肯定するのには抵抗があった。
だから、文句の一つも言ってやろうとしたのだけれど――、
「はい! チータコできたよ!」
――無駄口を挿む前に料理が出来上がってしまい……。
「お待たせしました。チーズたこ焼きです」
私は、悔し紛れにキッと親友を睨んでから接客へ戻った。
◇
「先発組、交代だよ!」
「じゃ、あとお願い」
「任せて」
去り際に小さくハイタッチを求められ、つい応じてしまう。
ぺちっと消え入りそうな音が弾けた後、茉莉とその場を離れた。
「で、これからどうする? 何か食べに行く?」
人混みから離れた所で茉莉から魅力的な誘いがあったのだが、
「ごめん。今から委員会の仕事があって」
シフトを守らない訳にはいかない。
直後、残念がる親友の姿を想像したのだけれど、
「あら、そうなの?」
聞こえてきたのはかな恵おばあちゃんの声だった。
「おばあちゃん?」
いつ来るのか聞かされていなかったので思わず驚いてしまう。
しかし、声がひっくり返った私など気にした様子もなく、祖母は「そちらの方は?」と茉莉の紹介を求めた。
「同じクラスの茉莉」
「あ! 九条茉莉です」
「そう。孫がいつもお世話になっています」
まるで先生へするような挨拶を親友にされ、妙な気恥ずかしさが込み上げてくる。
「そういうのいいからっ……それより、おばあちゃんどうする? 私、しばらく一緒にいられないんけど」
「そうねぇ」と悩む祖母を見た茉莉から「なら、あたしが一緒に回りましょうか?」なんて提案が出た。
少々複雑な部分もあるが、茉莉なら安心できると思った次の瞬間――、
「それ、アタシが代わってあげるわよ」
――後ろから夕陽の声が聞こえた。
「えっ? 夕陽? けど……」
思いがけない提案に戸惑ったのも束の間――夕陽は「はっきりしないわね」と言うなり背を向けてしまう。
「アタシ達のシフトを交換ってことで、いいでしょ?」
止める間もなく歩き出す夕陽に「あっ、ありがとう!」と声を張るが返事はない。
でも、
「あの子も友達なの?」
祖母に訊ねられ、私は「さあ、どうだろ?」なんて告げながら――、
「私はそう思ってるけどね」
――つい、口元が緩むのを抑えられなかった。
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