第287話 10月5日《『嫌い』だけでは成り立たないセンチメンタル》

 文化祭委員になればクラス委員――つまり、智奈美と一緒に作業をすることはわかっていた。

 なのに、どうして文化祭委員なんてやる気になったのか……。


 他薦で楠が文化祭委員に選ばれていたことは関係ない。

 うっかり二人のよりが戻らないか見張ってやろうとか、コレ文化祭マジックを機に楠との距離を縮めようなんてことも考えていなかった。


 ただ、アタシは……もう一度、まともに智奈美と話をしてみたかったんだ。







 夕日が完全に落ちた帰り道。

 蛍光灯が照らす駅構内のベンチ――その中央へ座ると一日の疲労が溜息に姿を変えた。

 その後、周囲に誰もいないと確認した上で、からもらった手紙へ手を伸ばす。

 智奈美から受け取った『お礼の手紙』ということになっている手紙の一文――、


『智奈美とは、うまく話せましたか?』


 ――万年筆で綴られた便箋をわざわざ読み返すのは自罰的な意味合いが強かった。


「はぁ……」


 また溜息がこぼれる。

 でも、今度のは疲労が原因ではない。

 自分の気持ちとまだ折り合いをつけられていないアタシ自身に呆れ果ててしまったのだ。


「……上手く、やれないなぁ」




 アタシがかな恵さんと出会ったのは全くの偶然だった。

 祖父の誕生日に家族写真を撮りたいと言われ、日曜の朝から写真館へ制服姿で出掛けていなければ『孫と同じ学校の子だから』なんて理由でかな恵さんから道を尋ねられることもなかっただろう。

 また――、


『あなた、智奈美さんのお友達なの?』


 ――そう訊ねられ『友達です』と詰まりながら答えることもなかった。

 『今は、少しだけ気まずいんですけど』と情けない声で続けたことは、思い出すと数日経った今でも恥ずかしい。

 けれども、あの時『友達じゃない』なんて言えなかったし、嘘までついて智奈美との関係を誤魔化したくはなかったのだ。


 そして、誤魔化さなかった結果……何故かかな恵さんへ生徒手帳を預けることになっていた。

 しかし、かな恵さんが作ってくれた機会も、アタシは無駄にしてしまったのだ。




「……はあ」


 口からは溜息が出るばかりで、智奈美へ言いたい言葉の一つも思いつかない。

 でも、そもそもアタシは智奈美と何を話したいと思っていたのだろう?

 何を、聴いてほしかったのだろう?


 喧嘩別れをしたのはもう何カ月も前だ。

 今、この瞬間――胸の中にあるのは当時抱いていた彼女への悔しさや苛立ちだけではない。


 だから、たぶん……アタシは、怒りたいのか泣きたいのか――それすらもわかっていなかったのだ。

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