第282話 9月30日(いつか大人として見てもらうために……)

 深夜、寝付けずにベッドから体を起こした。

 真っ暗な部屋の中で、ぼんやりと壁を見つめる。

 こんな時、いつもなら明かりをつけて本でも読もうとするのだけど……今日は、隣で彩弓さんが寝ていた。

 唐突に泊まると言い出したどうしようもない酔っ払いだが、明かりをつけたせいで起こしては可哀そうだ。


 諦めて横になり、再び瞼を閉じた瞬間――、


「ちーちゃん、起きてる?」


 ――やけにはっきりした寝言が聞こえてきた。


「……すみません、起こしてしまいましたか?」

「謝らないでいいよ。少し前から起きてたから」


 その後、暗闇からモソモソと布の擦れる音がする。

 なんとなく彩弓さんがこちらを向いたんだと思い、合わせて彼女へ向き直った。

 直後――、


「ねぇ、夕飯の時に相談された話なんだけどさ」

「ルームシェアのことですか? あれなら――」

「あれって本当は、彼と一緒に暮らすとしたら許してもらえそうかどうかの探りを入れてたんでしょ?」


 ――からかうような声が闇の中から襲って来る。

 『違います』と否定したかったが下手な嘘は逆効果だと思った。 


「それは……誰かとルームシェアするとしたら彼が候補にあがることは認めますけど」

「候補ねぇ? 一体、何人の名前が挙がるかな? 私でしょ? 九条ちゃんでしょ?」


 おそらく、彩弓さんは布団の上で指折り数えていたのだろうけど……答えは片手で足りたようだ。

 私自身、彼女が挙げた他にルームシェアできそうな候補なんて思いつかなかった。


「その話はもういいんです」

「あれ? 怒っちゃった?」

「違います。ただ――確かに、彼の家に住ませてもらう可能性も、選択肢の一つかなって考えましたけど……それだと、大人になってもずっと彼から子ども扱いされたままなんだろうなって」


 今までと同じように彼の傍でご飯を食べて、隣で映画を観たりして、同じ家で寝ることは……きっと心地良いだろう。

 一人で暮らすよりも楽で、安心できるに違いない。

 でも、それは自分の成長に繋がらない気がした。

 いつまでも、彼に支えられてばかりの情けない私でしかいられない。


「私、彼を好きとか、恋人になりたいとか。たぶん、まだそんなのじゃないんです。だってまだ、彼にとって私は……小さな女の子でしかないから」

「……ちーちゃん」


 優しく名前を呼ばれたのが合図になったみたいに、だんだん瞼が重くなってくる。


「……一人暮らしするなら全力で応援するからね」


 そのまま、ありがとうと言う前に意識を手放してしまった。

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