第262話 9月10日(あれから……どれほど、努力したんだろう)
放課後。秋が教室へ顔を見せた途端、茉莉は「また明日ね」と言って先に帰ってしまった。
気を利かせた?
まさか。これは『早くなんとかしなさい』という親友からのメッセージだ。
「……また、校門まで一緒に帰る?」
もはや定型文となりつつある誘い文句に、秋は小さく頷いた。
◇
「あの、ちーちゃん先輩――」
「いいよ。言わなくてもわかってるから」
俯きながら秋の言葉を遮ると、隣から困った雰囲気が漂い始めた。
校門までの短い道のりとは言え、この沈黙は秋にとってよほど堪えるものらしい。
……かと言って、剣道以外の話題をすることもできないんだろうけど。
だから、彼女を助ける意味でも――いや、ただ……ずっと気になっていたことを訊ねた。
「……秋は、どうして私と試合がしたいの?」
一瞬訪れる沈黙は、すぐ秋によって破られる。
「それはだって……ちーちゃん先輩が部活をやめたのって――」
言葉の続きは、手に取るようにわかった。
「もし、自分のせいだって思ってるのなら……それは違うの。だから、責任なんて感じないでほしい。それに――もう、部活をやめて一年以上経つ。こんな私と戦ったって、意味ないでしょ?」
「そんなっ……」
優しく伝えたいと思っているのに、どうしても突き放した言い方になる。
だからせめて――、
「……ほら、秋はこれから部活でしょ? 早く戻って。ね?」
――微笑みかけたつもりだった。
でも、私の笑顔が……秋にはどう見えたんだろう?
言葉を失い、固まってしまった秋を置いて歩き出す。
しかし――、
「わたし! 部長から一本取りました!」
――背中へ投げかけられた叫びを聞いて、思わず歩みが止まった。
「……え?」
「三年生が引退する日に部で総当たり戦をして……部長から、一本取ったんです」
部長の実力なら知っている。
私と同じくらい強かった筈だ。
それに、去年から鍛錬を怠っていないなら……もう、私なんかよりもずっと強くなっているだろう。
格下が、まぐれで一本取れるような相手ではない。
なのに……あの秋が、一本取った?
「試合は、負けたけど……でも、一本取りました」
気付けば、秋の顔は今にも泣きそうになっている。
「わたし、あれからずっと本気で剣道をやってきました。もう一度、一緒に剣道がしたくて――だから、意味がないなんて……ちーちゃん先輩が、言わないで」
そして、瞳から涙がこぼれた直後、
「あっ……違――泣くつもりなんて、すみませんっ」
秋は、この場から走り去ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます