第262話 9月10日(あれから……どれほど、努力したんだろう)

 放課後。秋が教室へ顔を見せた途端、茉莉は「また明日ね」と言って先に帰ってしまった。

 気を利かせた?

 まさか。これは『早くなんとかしなさい』という親友からのメッセージだ。


「……また、校門まで一緒に帰る?」


 もはや定型文となりつつある誘い文句に、秋は小さく頷いた。



「あの、ちーちゃん先輩――」

「いいよ。言わなくてもわかってるから」


 俯きながら秋の言葉を遮ると、隣から困った雰囲気が漂い始めた。

 校門までの短い道のりとは言え、この沈黙は秋にとってよほど堪えるものらしい。

 ……かと言って、剣道以外の話題をすることもできないんだろうけど。


 だから、彼女を助ける意味でも――いや、ただ……ずっと気になっていたことを訊ねた。


「……秋は、どうして私と試合がしたいの?」


 一瞬訪れる沈黙は、すぐ秋によって破られる。


「それはだって……ちーちゃん先輩が部活をやめたのって――」


 言葉の続きは、手に取るようにわかった。


「もし、自分のせいだって思ってるのなら……それは違うの。だから、責任なんて感じないでほしい。それに――もう、部活をやめて一年以上経つ。こんな私と戦ったって、意味ないでしょ?」 

「そんなっ……」


 優しく伝えたいと思っているのに、どうしても突き放した言い方になる。

 だからせめて――、


「……ほら、秋はこれから部活でしょ? 早く戻って。ね?」


 ――微笑みかけたつもりだった。

 でも、私の笑顔が……秋にはどう見えたんだろう?

 言葉を失い、固まってしまった秋を置いて歩き出す。


 しかし――、

 

「わたし! 部長から一本取りました!」


 ――背中へ投げかけられた叫びを聞いて、思わず歩みが止まった。


「……え?」

「三年生が引退する日に部で総当たり戦をして……部長から、一本取ったんです」


 部長の実力なら知っている。

 私と同じくらい強かった筈だ。

 それに、去年から鍛錬を怠っていないなら……もう、私なんかよりもずっと強くなっているだろう。


 格下が、まぐれで一本取れるような相手ではない。

 なのに……あの秋が、一本取った?


「試合は、負けたけど……でも、一本取りました」


 気付けば、秋の顔は今にも泣きそうになっている。


「わたし、あれからずっと本気で剣道をやってきました。もう一度、一緒に剣道がしたくて――だから、意味がないなんて……、言わないで」


 そして、瞳から涙がこぼれた直後、


「あっ……違――泣くつもりなんて、すみませんっ」


 秋は、この場から走り去ってしまった。

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