第263話 9月11日(……ありがとうございます)

 ――どうしても頭から離れてくれなかった。


 帰ってすぐ、制服のまま逃げるようにベッドへ飛び込む。

 枕へ顔を埋めると、窓から入り込む夕焼けの光も――何もかも置き去りに出来た気がした。


 けれど……秋の流した涙は、違う。

 頭の中までついて来て、まぶたを閉じても……心に入り込んだあの光景が、私を逃がしてくれない。




 そして、次に枕から顔をあげると……窓から入って来た微かな月明かりが、部屋の隅で佇んでいた。


「……寝てた?」


 当然、返事はない。

 どれくらい寝ていたのか確かめるため、スマホに手を伸ばす。


(夕飯、食べる時間あるかな……走るランニングの前にあんまりお腹に入れたくないんだけど)


 などと悠長なことを考えていたのだが……夕飯どころか、時刻は既に深夜を回っていた。

 額に手をあてながら胸の内で『しまった』と呟く。

 これまで、何度か土壇場で『今日は走らない』と連絡を入れることはあっても、何も言わずにサボったことはなかった。


 怒っているだろうか? それとも、心配をかけた?

 恐る恐るメッセージアプリを起動し、彼とのやり取りに飛ぶ。

 すると、


『一応、家に行ったんだが……』

『小母さんから寝てるって聞いて、起こす気になれなかった』


 なんて文章が綴られていた。

 一瞬、起こしてくれても良かったのにと思う。

 けれど、一呼吸挿んだ後で(いや……)と思い直した。


(昨日はたぶん、起きれても走る気にはなれなかっただろうな)


 一人、静かに溜息を吐いて彼へのメッセージを打ち込む。


『おはようございます』

『まだ起きてますか?』


 正直、返事は期待していなかった。

 でも、あっという間に『既読』の文字が表示される。


『おはよう』

『これから珈琲を淹れる所だった』

『よかったら飲みに来るか?』


 送られてきた返信に『今から?』と首を傾げる。

 シンデレラだって舞踏会から家に帰って寝てる時間だ。


 でも、今すぐ……ううん、もう少し頭を整理してから彼に聴いてもらいたい話があった。

 だから、


『遠慮しておきます』


 そう、まずは断りを入れ――直後に『でも、日曜日にゆっくり貴方が淹れた珈琲を飲みたいです』と続けた。


 瞬きする間に『既読』の二文字が顔を出す。


『わかった』

『珈琲に合うお菓子を用意して、待っているよ』


 受け取ったメッセージにすぐさま『ありがとうございます』と返した。

 でも、この『ありがとう』は……彼がしてくれた、どれに向けた言葉なんだろう?


(本当は一回じゃ足りないけど……今から二回続けるのは、変だよね)

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