第235話 8月14日(……気長に、てきとうに探してみよう)

 元々は……たぶん、空のような明るい青色をしていた筈だ。


「……それ、もうどれくらい使ってるんですか?」


 スマホにくっついている曇り空みたいな色のくたびれたストラップを眺めながら訊ねてみた。

 すると――、


「これか?」


 ――彼がスマホを持ち上げた途端、ソレは頼りなさげに宙でふらふらと円を描く。


「確か、高校の修学旅行で買った筈だから……七、八年くらい前からかな」


 虚空を見つめる自信がなさそうな横顔には『たぶん』と書かれていた。


「……そう」


 しかし、訊いておいてなんだが……実は『いつから使っているか』なんて、今は左程さほど重要じゃない。

 知りたかったのは――、


「……大切なもの、と言う訳じゃないんですね?」


 ――コレ。

 長く身につけているモノが、彼にとって特別かどうかという一点だった。


 質問を受けた彼の眉がぴくりとあがる。


「そりゃ、愛着はあるが……」


 彼は黒ずんだストラップと見つめ合った後で、目線を私へ移し――、


「……特別な思い入れがある訳じゃないよ」


 ――微笑んでから手元へスマホを戻した。


「わかりました……ありがとうございます」


 軽い会釈えしゃくの後、すぐに彼から目線を逸らす。

 直後、視界の端で首を傾げる姿が見えた。


「ところで、なんで急にそんな質問を? こんなのストラップなんて、今まで気にしたことなかっただろ?」

「……別に、深い意味はありません。ただ、あなたは物持ちがいいんだなって、思っただけです」


 初めから、彼の疑問に答える気はない。

 適当な答えで質問をはぐらかすと、私は急いで沈黙の中へ逃げ込んだ。


 それから、しばらくもしない内に彼は「まあ、確かに? 物持ちは良いよな……」とこぼし、作業へと戻って行く。

 彼の背中がこちらを向くなり、思わず溜息が漏れた。





 帰宅後、自室に戻るなり財布へと手を伸ばす。

 そして「ひぃ、ふぅ、み……」とお札を数えた後で――屋台巡りの軍資金とは別に、お札を一枚忍ばせておいた。


(……そんなすぐには良いものが見つかるとも思わないけど。彼に合いそうなストラップと出会ったら、買えるようにはしておかないとね)


 特別な思い入れがないモノストラップの色や形を思い出しつつ、どんなモノなら彼が気に入るだろうかと考える。

 留意する点があるとすれば……とりあえず、流行りものや瞬く間に廃れそうなデザインは避けることだろう。

 だって――、


「あの人も……本当に物持ちが良いからね」


 ――軽い気持ちで贈った妙なモノを、何年もぶら下げられては……未来の自分がかわいそうだ。

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