第226話 8月5日(……それって、誰なんですか)
目を覚ました瞬間から気分がずんと落ち込んでいた。
顔を洗うのも、歯を磨くのも
すると、母におでこへ歯磨き粉を塗った瞬間を見られていて「何やってるのよ」と笑われてしまった。
でも、
「ちなみ……大丈夫? 熱中症じゃないでしょうね?」
食欲がないからと朝食を残した途端、母はひどく心配そうな顔になる。
しかし、まさか落ち込んでいる理由を話せる訳がない。
だから「大丈夫……何でもないから」と、心配する母へ言って聞かせた後で、たっぷり水分補給をしてみせた。
それから「そう?」と納得してくれた母へ気になって訊ねてみる。
「ねぇ、私……そんなに大丈夫じゃなさそう?」
直後、母はテーブルへ頬杖を付き、呆れたように微笑むなり――、
「
――娘の表情筋が貧しいことへ文句をつけつつ、訊いてもいないことまで答えてくれた。
そして……。
◆
「大丈夫か?」
……母が言った三人の内の一人は、彼だったらしい。
「……大丈夫じゃない。暑いのでさっさと部屋に入れてくれませんか?」
冷房の効いた部屋へ通された後、アイスコーヒーを差し出す彼に「どうしたんだ?」と訊ねられる。
だが、母にすら言えなかったことを、彼へ聞かせられる訳がない。
だけど……独り、胸の奥に溜めこんでおくのもそろそろ限界が来ていたから――、
「部活をしていた頃の私を、すごく好きでいてくれた友達がいたんですけど……その子に『また剣道をしてほしい』みたいなことを言われてしまって」
――つい、いくつかの事実にフタをしながら話してしまう。
「……喧嘩した訳じゃないのに、気まずくて。好きだと言ってもらえたのに上手く応えられなかった自分が、なんだかとても嫌だったんです」
この時、私は彼にどんな言葉を掛けてほしかったんだろう?
自分でもわからないまま、彼と目が合う。
そうしたら、優しいけど寂しげな瞳が私を見つめていて……思わず――、
「あなたも、私にまた部活を……剣道をしてほしいですか?」
――これまで訊いて来なかったことを訊ねてしまった。
返答を待つ間、色んな言葉を想像する。
けど、
「……たぶん、それをちなに言っていいのはたった一人だけで、それは俺じゃないんだよ」
彼が選んだ言葉は、想像していたどれとも違っていた。
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